第8章 魂の雪蛍
その夜も桜華を抱いたまま眠りに入ったはずだった。
でも、俺が目を開けて見えたそこには
一人の男が闇の中に膝を抱えてうずくまっている。
酷い孤独感
失望
絶望
無力感
そうか.....
コイツは.....
「狛治。」
男はゆっくりとこちらを振り向いた。
黒い髪に晴れた海のような瞳
そうだ。
これが鬼になる前に人として生きていた時の俺。
鬼になる直前で、恋雪さんと師範を失った後の俺の姿だ。
虚ろな瞳の中に、飼い主を無くして野生化した殺気が奥の奥に感じる狛犬。
闇の中にいた自分自身だ。
『どうした。お前、まだ自分が何も成せない妄言ばかり吐く人間だと自覚がないのか?』
目の前の過去の自分が俺にそう問う。
そうだ。過去の俺とは決別したといっても、
長く鬼として生きた期間で戻った自分は
肉体は同じでも
魂はだいぶ変容した
こいつの先にある"今"の人間だ。
今見ているこれは
そういう"過去の自分"を、あの世に送ってやるために、起きていることなのかもしれない。
「確かにそうだったのかもしれない。今までの俺は.....。」
『お前の新しい女を利用して自分のした事をなかったことにするのか?』
過去の俺という生き物は
猗窩座のような冷えきった眼差しで俺を見ている。
あったことはなかったことにできない。
それが、罪で押し潰されそうになる自分を解放することは、
あの世で黄泉の水でも飲まない限りないのだ。
「違う。俺はただ彼女と一緒にいたいだけだ。
笑っててほしい。俺を見ていて欲しい。それだけなんだ。
俺を、俺自身が存在する事を、人間として存在する事を桜華は許してくれた。
人生をもう一度歩んでいくチャンスを俺にくれた。
それを無駄にしないために、俺はしっかりと前を向いて生きていかなければならない。」
『随分とおめでたいことを言うようになったものだな。
俺だって、恋雪さんと夫婦になると決めた時も、今のお前と同じことを思った。
結局ダメだった。忘れたのか?
俺自身は持っているものは何も変わらない。
どうせ今回だって誰も守れない。』