第8章 魂の雪蛍
何か暖かいものに導かれるようにして
気づけば桜華の元を離れて
冷たい川の水が足の爪先を滑るように流れてた。
『子どもの頃、花火を見に行く話をしたの、
覚えていますか?』
女の声がした。
桜華のものじゃない。
なのに、なんでこんなにも懐かしく暖かい?
『狛治さんとのささいなお話で
嬉しいことがいっぱいありました。
今年花火を見られなかったとしても、
来年、………再来年見に行けばいいって言ってくれた。』
鼓膜よりも心臓の奥から聞こえるような感覚は
きっと今聞いているものじゃないんだろう。
今も花火が上がっているのに
心臓の奥で聞こえる声の後ろでも花火の音が聞こえた。
『わたしは、来年も再来年も生きている自分の未来が
うまく想像できませんでした。
母もそうだった。
だからわたしが死ぬのを見たくなくて自殺したんです。
きっと。』
儚い声色は鈴を転がすような優しく少し高い声。
突如として脳裏に、咳き込んで顔を赤らめた女が
こちらを見つめている様子が映りこんだ。
その瞬間、
酷く胸が焼けるような
心臓を抉り取られるような感覚に
耐えきれなくて膝をついた。
涙が幾度と泣く溢れてくる。
止められない…………
『父も心のどこかで諦めているのがわかっていました。
わたしがあまりにも弱すぎて………』
吐きそうになる。
頭が痛い。
この女、
桜華を連れてきて
共に暮らすようになってから
何度も記憶の底から飛び込んできた
"はじめてじゃない映像"にいた女だ。
そして、俺の名前を知っている。
『でも、狛治さんにはわたしの未来が見えてた。
当たり前の事のように。
来年、再来年の話をしてくれたんです。
本当に嬉しかった。』
そう言いながら、俺の手をぎこちなく握るような感覚が
手の中に甦る。
あぁ、君は……………
『わたしは狛治さんがいいんです。
わたしと夫婦になってくれますか?』
「こ…………ゆき………」
俺が鬼になる前
何よりも"守りたい"と思っていたのは
あなただった…………。