第8章 魂の雪蛍
朝の匂いはこんなにもいいものだったろうか。
草の匂いや朝の凪る空気がピンと張りつめてほんのりと冷たく秋が顔を出したことも感じられる。
極めて人間に近い状態であろう俺は、
嗅覚や視覚、聴覚から感じるものが、今までと違ってがらりと違う事を感じた。
心の中で歓喜する。
あれほど人間を蔑んでいた俺が、今では鬼であった過去を蔑むなど桜華と出会うまでは知る由もなかったことだ。
感じるものが全て愛おしい。
ここから見える海に初めて気づく。
地平線のあたりが、日を出すのを知られるように淡い白が覗く。
空気が澄んでいて雑音がないからか波の音がここからも聞こえる。
その少し前の防風林の手前には、田畑の緑が艶やかに光を放ち、少し強めの風に合わせてなびいている。
「狛治?」
しばらくその光景に見とれて思いふけっていた。
凛とした優しい声に呼びかけられてそちらを向く。
「あぁ、すまない。始めようか。」
こんな環境で生活できていたことが嬉しい。
恵まれた環境で、最高の相手と武を競える。
二人だけの武舞。
何とも贅沢なことか。
さぁ。
先ほどの舞を思い出せ。
必要な事にだけ、必要なところにだけ神経を巡らせろ。
雄治さんに成りきれるように、
あれの雰囲気を最大限だせるように。
神経を研ぎ澄ませ。
桜華の”月”の呼吸音が静寂の中に響き渡り
俺も”日”の息遣いで構えを取った。