第8章 魂の雪蛍
確かに、社会を作るのはいつだって頂点にいる人間。
しかし、時代の流れと共に、少しずつだけど一人一人がどんどん自由になっていく社会になっていってる。
だけど、明治の世を半世紀ほど過ぎようとする今、身分とかのしきりは薄くなりつつあっても、大衆の意識が変わるのまでは時間差が生じる。
幸い、鬼殺の世界はある意味裏世界。
そんな社会から隠された世界でまで、自分を身分で殺すことはない。
産屋敷側も、日神楽側も今まで誰一人身分で人を見る人間など存在しなかった。
勿論、桜華も父親からそのように兄弟共々育ててもらった。
「本当にそれだけを思っているのですか?」
「あぁ。もし、人間として生きてた頃の大事だった人たちが迎えに来ても、おれはここに残らせてほしいと頼むだろう。」
それを聞いた桜華は安心したように笑みを見せた。
「狛治は、もっと胸を張って欲しい。
あなたはあなたが思っている以上に、わたしに周りに居るものに勇気と力と愛を与えてくださいます。
それがなければ、今のわたしはいないのです。」
頭を寄せていた胸から離れて、膝立ちで狛治の頬を包んで見つめた。
「わたしが、あなたを連れて戻る世界は誰も身分で人を見る者はおりません。
ただ、狛治が元鬼だと知れた時、わたしたちのことを悪く言うものは大勢出てくるでしょう。
言いたい者は言わせておけばいいんです。
周りがとやかく言うことに流されて、心を痛めてやる必要などないのですから。」
その言葉とあてがわれた手の温度に呆気にとらえて、大きく見開いた目。
とたんに、頬を包んでいたてからすり抜けてくくっと笑いだす。
声を圧し殺すように肩を掴んで下を向く。
「何がおかしいのです?」
ムッとした様子で声をかけるも体を震わせて笑っている。
「さっきまで心配したほど黙っていたのに、俺が少し弱音を吐けば、君は途端に勇ましくなる。」
膝立ちから座らせて、狛治は顔をあげた。
「桜華の言うとおりだ。誰が何と言おうと、今この手に掴んでいるものを手放す気はない。」
心を掴まれそうな優しい笑みを浮かべてそう言った。