第3章 白と赤
──その時。
「…まて。今なんか聞こえなかったか?」
突然、眉間にシワを寄せる目の前の男。
耳を澄ませ、辺りを注意深く見まわす。
倣うように、後ろの男も動きを止めているようだった。
…なに?
動くなら今、だったのかもしれないけれど、硬直した体は見事にいうことを聞いてくれない。
動け!動けあたしの体!
こんな時に役に立たないでどうするの!
やけくそになって自分を罵倒するけど、それでもやっぱりガタガタ震える両足に力は入らない。
──だけど、そうも言ってられない事態が起きていることに、あたしは間も無く気づく。
…おぎゃああああ…!!
風の音に交じって。
微かに聞こえる、赤ん坊の泣き声。
顔から血の気が引くのが分かった。
起きないでと願っていたのに。
まさか、このタイミングで。
泣き声は2人にもしっかり聞こえたらしく、小太りの方がさらに眉間にシワを寄せた。
「まだいたじゃねェか!!おい、こいつは始末しとけよ。おれはあっちを殺ってくる」
腰のナイフに手をかけ、声のする方へ向かってドタドタと走り出す。
「やめて…!」
やっとのことで声は出たけれど。
だけど、こんなの何の役にも立たない。
どうしよう。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
ジョナサンが。
さっきのあの子たちのように。
頭の中がパニックになる。
今までなんとか動いていた思考ですらままならない。
“このままだと確実にジョナサンが殺される。”
ただそれだけが、頭の中で鮮明に形を成した。