第20章 遺書
何も言えなくなってしまったあたしに向かって、男はふと思い出したように言葉を発する。
「お前はさっき、ロシナンテが助けたと言ったが…。それが果たして救いだったかどうかは、まだ分からんぞ」
「どう、して…?」
「お前はまだ、与えられた使命に向き合っていないだろう」
サングラスの奥に隠れた瞳はどんな色をしているのか。どんな表情でその言葉を言ったのか。相変わらず分からない。
「生まれてこの方幸福を知らん人間と、知った上で地獄に落ちる人間──それも、いっそ死んだ方がマシだと思うような生き地獄を味わう人間……一体どちらが不幸か。自分で考えてみろ」
分からないけど、ただ。
ただ、何故か今までにない悪寒が背筋を這うのを感じた。微かに笑う口元が不気味に思えて、握りしめた拳がぶるりと震える。
──幸福を知らない人間と、知った上で地獄に落ちる人間。
その言葉には、彼自身のことも入っているんだろうか。天竜人という最上の地位から、人々に迫害されるまでに至った自分達一家のことも。
そして今、その言葉をあたしに言った。
その意味は──。
ロシナンテとサラがあたしをマリージョアから解放し、自由にした──あたしは感情を知り、幸福を知ってしまった。
じゃあ、知った上で…?
──これから先、あたしには"死んだ方がマシだと思うような地獄"が待ち受けている、と。
彼は、そう言いたいんだろうか。
ドフラミンゴはゆっくりとあたしに向かって手を伸ばす。
──こわい。
ドフラミンゴの言葉が、差し出された手が、急にどうしようもなくこわいと思った。懐かしいという気持ちは完全になくなったわけではないけれど、得体の知れない恐怖の方がじわじわと胸の内を侵食する。
「……やめて…」
伸ばされた腕。
きっとこの手に捕まっちゃいけない。
16年前、ロシナンテとサラが逃してくれたあの続きが。
彼らが命懸けで助けてくれたあの続きが。
今に繋がっているんだとしたら。
──絶対にこの手に捕まっちゃいけないんだ。