第20章 遺書
──その血を絶やさぬために。子孫を絶やさぬように。
ただそれだけのために、天理にも人道にも悖る実験の末に生を受けた子ども──それも"女児"が、宿命に相応しい身体に成長した時、マリージョアでどのような扱いを受けるのか。…想像したくもありませんでした。
誰もが知っていることと思いますが、──ここは地獄です。人を人とも思わぬバケモノの棲家です。
天竜人はごく稀にレッドラインを降りて下海に行きます。それは決まって、"オモチャ"を買いに行く時です。
"オモチャ"───ええ、それは奴隷のことです。
奴隷として買われてきた者はみな悲惨な死に方をしました。男は重労働を強いられ、奴らの気がすむまで惨たらしい折檻を受け、やがて苦痛と絶望の怨念を残して死んでいきました。
女も酷いものです。一糸纏わぬ姿で廊下や部屋に打ち捨てられた様を私は何度も見てきました。器量良く、見目麗しく、それが奴らの目に止まったばかりに連れてこられた女達。そんな彼女たちが、ここにきて数日で一生分の涙を使い果たし、虚な目をして自ら死を望むのです。
ここではそれが日常であり、現実です。
奴らはお嬢様に対して同族だという意識がありません。血を絶やさぬための道具としか思っていない…。今の仕打ちを見れば、それが分かります。
ですから、お嬢様が成人される前に、この場所から解放してさしあげなければなりません。お嬢様がこんな場所に居ていいはずがない。
下界を忌み嫌う彼らなら、一度ここから降りてしまえば世界貴族とみなさなくなるでしょう…。
──そして、もう一つ。
お嬢様がここにいてはいけない理由があります。
ええ、それは貴方も既に知っていることです。
そして、貴方なら、何をしなければならないか分かるでしょう。
他でもない貴方にしかできないことです。
彼女のためを思うなら、どうか──。