第20章 遺書
しかしながら、19年前──旦那様と奥様がマリージョアを去られた時、血統因子の研究はまだ十分なものとは言えませんでした。
中途半端な実験の中で大切な天竜人の血統因子が失われることがあってはならない。ですから、実験結果が十分なものになるまで、貴重なそれらは氷漬けにされて保存されることになります。魔人をも凍死させたと言う「氷の国」の氷を使って。
そして、これは最近知ったことなのですが…。
その研究が本格的に動き出したのは、最低でも5年以上は前のことらしいのです。おそらくですが、マリージョアに1度目の噂が聞こえてきた、あのあたりなのだと推測しています。
ホーミング聖に深く関わる研究だと聞いたあれは、ただの噂話ではなかったわけです。
その後、研究が進み、無事、ドンキホーテ家の血を受け継いだ彼女。これが多分、2度目の噂が聞こえてきた頃と思います。
そしてそれから数年、彼女は正しく"身体"を授かるまで、装置の中でこの世に生まれ落ちるその時を待っていた…。
お嬢様が3歳児のように思えなかったのは、彼女の意識がその研究所の装置の中で既に芽生えていたから。そう考えるのが自然でしょう。
彼女はここに来た時には少なくとも3歳児の知能ではなかったのです。研究所にいた年数を考えるとおそらく、7歳かそこら。それでもおとなしすぎたくらいですが。
いずれにしても、彼女は自分の意志であのような態度を取り、このマリージョアに留まっていたのだと思います。俄に信じられないような話ですが、実際に彼女と共に暮らした身からすると、もはやそうとしか考えられないのです…。
旦那様と奥様が亡くなられて十数年。
そんな長い時間の後に、この世に生を受けたお二人の子供。
お嬢様の髪色も肌の色も目の色も、ドンキホーテ一族の誰とも似ていません。
数十万、数百万分の一ほどの確率で生まれるという"突然変異"と呼ばれる個体なのではないか。もしくは、長すぎるタイムラグ(凍結期間)の中で血統因子に異常が起こり、色素情報が遺伝しなかったのではないか。…様々な推論があったと聞きます。
原因は定かではありませんが、とにかく、容姿は全く似ていなくても、お嬢様はやはり旦那様と奥様の子であり、紛れもなく、ドンキホーテ一族の末裔です。
それだけは変わらぬ事実なのです。