第19章 ドンキホーテ・ロシナンテ
てっきりそこにいるものと思ってやや緊張しながら足を踏み入れたのに、その部屋をぐるりと見回した後、あたしはすっかり気が抜けてしまった。
そこにドンキホーテ・ドフラミンゴはいなかったのだ。
「何なのよ。人のこと呼び出しておいて…」
小声で文句を言ってみる。さっきの部屋よりさらに広い空間に、あたしの呟きが漂って消えた。
その広間には、さっきの部屋のようなテーブルやシャンデリアは無く、代わりに四脚の椅子が据えられていた。
こちらに背を向けて佇む巨大な椅子。
やることも無いから、あたしはその椅子たちの正面にまわり込み、一つ一つ観察することにする。この部屋で見るものってこれしか無いし。
スペード、ダイヤ…順に歩いて、あたしは三つ目の椅子の前で立ち止まる。
ついさっき聞いたばかりの話が耳に残っていたからだろうか。誰も座っていないその椅子が、目から離れない。
「…"コラさん"の席、ね」
ベビーファイブは確か、そう言っていた。
ハートを象った一席。
かつて、その席に座っていた人に思いを馳せる。
ローがあたしに会いにきた理由。
あたしを守ってくれる理由。
───ねぇ。
あなたは、あたしの何だったの?
あたしの、何を知っていたの?
あなたは、いったい──。
「──その席に興味があるか?」
「───っ!!??」
何の前触れもなく声が聞こえて、飛び上がりそうなくらい驚いた。慌てて振り返り、息を呑む。
気配がしなかった。
どうして?一体、いつから…。
驚いたまま何も話せなくなってしまったあたしに構わず、その男はゆったりと口を開く。
「お前に縁のある席だ。望むならやってもいいが…」
そこで男は言葉を切り、逡巡するようにあたしを眺める。
「……いや。お前には別のものを用意してやろう。────俺の隣で『世界』をぶち壊すに相応しい席を」
そう言って、その男──ドンキホーテ・ドフラミンゴは心底楽しそうに笑った。