第19章 ドンキホーテ・ロシナンテ
「…へぇ。なら、次回の楽しみに取っておくことにするよ」
アウラの横に腰を下ろしながら、笑い混じりに応える。次回という言葉に深い意味は無かったんだが、アウラは顔を上げて俺を見た。
「次はいつ、ここにくるの?」
「…さぁな」
「またしばらく離れる気なんでしょう。…ちゃんと帰ってくる?」
不安そうに瞳を揺らしながら、俺を見つめる。思わず目を逸らした。
「…あぁ」
多分な。
まだ、お前のそばにいてやる。
いつまでかは分からねぇが。
コイツは単純そうに見えて、意外と聡い。
間を置かず会いに来たからか、俺がしばらくこの島の付近から離れようとしていることに気づいている。そして、いつかこの島から永遠に去ろうとしていることも。
おそらく、俺が海賊だってことも何となく勘付いているんだろう。現に、初めて会ったあの時以来、コイツは俺の素性も過去も一切問うことはしなかった。
左半身に熱を感じて視線をやると、肩の下あたりに銀色の頭があった。俺とアウラの間に僅かにあった空間がいつの間にか埋まっている。
「ねぇ、ローはどこにも…」
傷を負った獣ように身を寄せ、小さく呟く。
「…やっぱり、なんでもない」
飲み込んだ言葉の先が分からないわけじゃない。
だが、敢えてその先を聞くことはしなかった。
聞いたところで、約束してやれねぇからだ。
アウラは疲れたように目を閉じた。
朝からずっと森に居たのかも知れねぇと、それを見て思った。
元々コイツは体力も筋力もそんなにある方じゃねぇ。いや、むしろ人並み以下という方が正しい。多分足に付けてる海楼石のせいだろうが、怪我の治りも遅いし、少し無理をするとすぐに熱を出す。
それでも、一人の時も鍛錬は怠らなかったらしい。
初めの頃に比べると随分体力も付き、数と腕力だけが頼りのガキに負けることは無くなった。
もうあの3人組に追われて森に逃げ込む必要は無い。
だが、コイツはいつでも森にいる。
その理由を、知らねぇわけじゃなかった。
「…あたしも一緒に行けたらいいのに。そしたら、こんな気持ちにならなくていいのに」
眠そうな声で呟いたかと思うと、やがて静かな寝息を立て始める。
その日、空が完全に闇に包まれるまで俺はそこを動かなかった。