第18章 誘拐
船に降り立つや否や、トラ男は他に見向きもせず、真っ直ぐこちらに向かってくる。その険しい視線は、ただ一人──私の隣でぼんやり佇んでいる少女に向けられていて。
「おい!!アウラ!!」
「…………ろー?」
無理矢理顔を上げられて、ぱちくりと目を瞬く少女。今の今まで、ここにトラ男がいることも気づかなかった様子だ。
今までの彼女なら、こんなことあり得ないはずだった。だって、この子、今目の前にいる男に会うためにきたのよ。はるばるこの大海原を超えて。
それなのに、近くにいても気づかないくらい別の何かに気を取られるなんて。やっぱりどこかおかしい。
トラ男もどうやら少女の異変には気付いていたらしい。夢から覚めたようにぱちぱちと瞬きをする彼女に目線を合わせ、やや強い口調で話しかける。
「──奴の話は聞かなくていい。視界にも入れるな。おれの声だけ聞いてろ。身体に異変はあるか?頭の痛みは」
矢継ぎ早に飛んでくる命令と質問に少女は驚いたようだったけど、やがてふるふると首を振る。だけど、トラ男が全く納得していないのが分かったのか、小さくぽつりと言葉を落とした。
「…どこも痛くないよ。ただ……なつかしいの」
その回答は聞いた本人にとっても意外なようだった。どちらかと言うと悪い方に。
「……アイツがか」
少しの沈黙の後、低い声で重ねて尋ねる。アウラは純粋な子供のようにこくりと頷いた。
それを見て、トラ男は彼女の頬を挟んでいた手をゆっくりと離した。何かを思案するように険しい顔つきで黙り込む。やがて、隣の私に視線を移した。