第18章 誘拐
「どうしてあの方が…いいえ、あの方は昔からそうでしたわ。可哀想なお方。だけどまさかあんなことを…あぁ……」
初めてこんな風に声を聞いたもんだから、あたしは興味を持って彼女の声を聞いていた。
のだけど、いくら経ってもグズグズと泣いて一向に女性の嘆きが止まらないので、あたしはだんだんうんざりしてきた。…だってこの人、いつも泣いてるんだもの。
──泣いても仕方ないでしょう。何がそんなに悲しいのか知らないけど、そんな風に泣いているだけじゃ、何も解決しないんだから。ただ泣くだけなんて、赤子にもできることよ。
辛辣に思ってから、あたしは女性から目を逸らして部屋の中をぐるりと見回してみる。
驚くほど狭い部屋だった。部屋、というより物置の方がしっくりくる。大人3人が座ればもうあまり余白が無いほどの僅かなスペースに、あたしと女性が向かい合うようにして座っていた。
部屋には家具どころか灯りもなかった。女性の後ろには木製の扉があり、その隙間から溢れる光のおかげでようやく部屋の中がぼんやり映し出される。
どうしてこんなところにいるのかは分からないけれど、恵まれた環境では無いのはなんとなく分かった。
「……やっぱりだめだわ」
小さな呟きが聞こえて、また視線を女性に移すと、彼女はもう泣いてはいなかった。泣き腫らした瞳は赤く充血していたけれど、さっきまでの頼りない雰囲気は感じられない。光を湛えた真剣な眼差しには、彼女の何かしらの意志が垣間見えた。
「これでは旦那様も奥様も浮かばれない……。わたくし、何としてでもお嬢様をここから連れ出してみせます」
そう聞こえたのを最後に、あたしの意識はまた闇の中に沈んでいった。