第17章 岐路(Ⅱ)
「……っ」
あたしは最後まで言うことができなかったの。
──視界が、揺れる。
見えたのは夜の闇と、それを照らす一つの光。
──あ、今日は三日月だったんだ。
大好きな島と同じ形の。
スローモーションで動く視界の端にそれを捉えて、思考停止状態でそんなことを思う。やがてそれが大きな影に覆われて見えなくなり、代わりに、底光りする金色があたしを射抜く。
「……いいわけねェだろ」
動けなくて、声も出なくて。
だけど、怖くはなかった。
背中に感じる甲板の冷たい床の感触。
一呼吸遅れて、長い髪の毛が地面に散らばる。
そして、顔の横で地面を叩く鈍い音が鳴ったのを境に、あたしは一気に現実に引き戻されたのだった。
「…お前の言う、強さは"ここ"では一切通用しねェ」
今、あたしの首に触れているのはなんだろう。
──誰かの、指?
誰の?
「お前は弱ェ。…弱ェことを自覚しろ」
あたしは、目の前にあるローの顔をただ呆然と見つめていた。
──あぁそうか。ローのだ。
わずかに力を入れるだけで、簡単にあたしを殺せるような位置に、彼の指がある。
夜の冷気の中で、わずかに感じる人肌の温度。
これは、脅しだ。
あたしが何を言おうと、今の状況が全てだと。
彼はそう言いたいのだ。
…そのはず、なのに。
どうしてあなたがそんな顔するの。
「……ロー?」
彼はどこか追い詰められたような表情をしていた。
切羽詰まったような。
同時に、あたしを責めるような。
命を握られているのはあたしの方なのに。
「…お前の無鉄砲は心臓に悪ィ」
掠れる声でそう呟いたのは、本当にあのトラファルガー・ローなんだろうか。傍若無人で唯我独尊の、あの──?
あたしを写すその目から、彼の感情は読み取れない。
だけど、彼の中の何かに──決定的な何かに触れてしまったのだと。
なぜか、そんな気がしたの。