第17章 岐路(Ⅱ)
ローが言うあの人は一体だれなのか。
一瞬疑問が頭をよぎったけど、あたしはそれどころじゃなかった。その前の言葉の方がよっぽどあたしの気を引いたからだ。
どうしてそんな突拍子もない話が出てきたのかと思ったら。
…そう…思うんだ、普通は。
普通は、ね。
「へぇ…。なるほどね。ここではそれが常識ってわけ」
「……あ?」
「そう思うのが当然ってくらい、遊んでらっしゃった、と」
自分でもびっくりするほど、冷めた声が出た。
「……何が言いてェんだ」
「別に。ローは女の人をお金で買ったことがあるんだなぁと思って。…へーぇ、ふーーん…」
彼の方を見る気にもなれなくて、嫌味ったらしく俯き気味につぶやく。
あたしは予想外の方向からコメントが来たもんだと思ったけど、この海ではむしろ当たり前の発想だったのだ。そしてそれは、ローにとっても。
違うって言って欲しいのに、隣から返事はない。
…否定してよ。
上辺だけでも否定してくれたら、それで安心できるのに。
あまりにも返事がないもんだからちらりと横を見やると、金色の目がじっとあたしを見つめていた。ややあって、その目が面白そうに少しだけ細められる。
「…さァな」
………なによ、それ。
それはどっちなのよ!!
揶揄われているのは分かっているけど、受け流せるほど大人じゃない。……こうなったら、ヤケよ。
もうどうとでもなれという気持ちだった。
月明かりしかない海上の夜の闇が、あたしを大胆にさせるのかも知れない。普段なら絶対言えそうにないことも、今なら言える気がした。
ローの方に向き直って、聞いてみる。
「じゃあ…もし次があるなら。その時は、あたしを買ってくれる?」
ローは意外そうな顔をしたけど、あたしは至って真剣だ。どこぞの女を連れて歩いてる姿なんて、絶対に見たくないんだもん。そんなの、恥じらってる場合じゃない。
だけど。
あたしの一世一代の大告白だったにも関わらず、ローはやっぱり余裕そうにあたしを眺めて、
「生憎、お前に手ェ出すほど困ってねェよ」
そう言って微笑ったのだった。