第16章 岐路(Ⅰ)
倫理観とはほど遠いところにいる冷淡な男の顔を見ていると、フツフツと内側から怒りが湧き上がってくる。
「ローのバカ!鬼!人でなし!顔だけ男!」
「…何だそれは」
「何だも何も、その通りじゃないの!あなたがそんな薄情な人だなんて知らなかった!」
激昂するあたしに構わず、彼は心底どうでも良さそうに言う。
「何を勘違いしてるのかは知らねェが、おれは元々こうだ」
「"こう"って?」
「海賊は"いいこと"なんてしねェんだよ。人助けなんざ気色悪ィ」
「あなた、それでも血の通った人間!?」
その無駄に整った顔をひっぱたいてやったらどんなにスッキリするだろう!?
あわや手をあげそうになるけど、今はこの人しか頼れる人がいないんだから、もうどうしようもない。どれだけ腹が立っても、泣きすがって、子供たちを助けてもらうしかないのだ。
あたしは怒りをどうにかこうにか飲み込んで、最後の懇願とばかりに彼の服を掴む。勢い余って、銀色の髪が視界の端で跳ねた。
「ねぇ、お願い、ロー!」
ローは呆れたようにあたしを見返して、一つため息をついた。
「お前...。おれの指示は悉く無視するが、てめェの言うことは聞け、だと?流石にそれはムシが良すぎねェか?」
「そ、そんなこと!今はどうでもいいでしょう!?」
「いや、よくねェよ。おれがどれだけ振り回されたと思ってんだ」
そんなこと言われても…。
そりゃ、あたしが言うこと聞かないのは、あなたにとっては色々問題があるのかもしれないけど。
だけど、今、そんなの持ち出して何になるの!
人の命がかかってんのに!
あたしはもう彼に道徳心を求めるのをやめた。どこまでもトレードオフの関係を求めるなら、そうしてやろうじゃないの。
あたしは目の前にある顔をキッとにらみつけてやった。
「じゃあわかった。あたしもローのお願い1つ聞いてあげる!それでいい!?」
「何でもか?」
「1つだけね」
半ば糾弾するようににらむと、彼は少し迷ったふうだったけど、ようやく納得したのか軽く顎を引いた。
「…分かった。ガキは診てやる」
そして、挑発するように少し口角を上げてから、
「お前、今の言葉忘れんなよ」
あたしの帽子をぐいと引き下げて、子供たちの方へ向かって行ったのだった。