第16章 岐路(Ⅰ)
いや、あれは静かなんてものじゃない。
"無"だった。
ただ、心臓が動いているだけ。
あんなの、生きてるなんて言えない。
思い出して、とても怖いと思った。
もしあのままだったら、あたし、どうなってたんだろう。
それに…。
断片的に思い出していくこの記憶は何なの。
バラバラのピースが散らばっていくだけで、何一つつながりが分からない。
何より怖いのは、こうやって思い出すまではあたしの記憶に欠落があったことにすら、気づいていなかったことだ。
物心付いたのは、教会に来てからだと思っていた。
だから、それ以前の記憶がないのは当たり前だと思っていたのだけれど。
こうやって"思い出せる"ということは、あたしには間違いなく、それ以前の記憶があるのだ。普通なら、忘れてしまうような年齢の記憶まで。
それらを、カケラを拾い集めるように少しずつ思い出していっているの。
どうして今になって?
どうして、そんなに昔の記憶が残っているの。
「……全然わかんないよ」
思い出すたびに混乱させられて、いやに心がざわめく。
もう、いいや。
知らない。
いくら考えてもわからないんだもの。
あたしは軽く頭を振って夢のことを思考から追い出して、代わりにローに話しかける。
「ねぇ、あたし、どれくらい気を失ってた?もしかして、あれからかなり時間経っちゃった…?」
「いや…そんなには「アウラちゅわ〜〜〜ん!!!心配したよぉぉおお〜〜!!!」
ローが無愛想ながらもちゃんと答えようとしてくれたところだった。突然、あたしの視界に、さらさらの金髪と弾力のあるハートマークが飛び込んできて、彼の返答を遮る。
あたしは目を瞬いて視界に映り込んできた人を見つめた。
「サ、サンジ。ありがとう。あたし平気だよ」
飛び付かんばかりに迫ってくるサンジから軽くのけ反って、ついでに改めて周りを見回してみる。