第16章 岐路(Ⅰ)
今考えると、ライには感謝しないといけないのかもしれない。もしあの時、ライにあそこまで腹を立てることがなければ、今もあたしは人形のように何も感じないままだったかもしれないのだから。
一度箱を開いてしまえば、自分の感情を知るのは怖いことじゃなかった。むしろ、今まで知らなかった分、いろんな想いが芽生える感覚が楽しかった。
シスターと話して。ライと喧嘩して。
あの教会で、なんの不自由もなくのびのびと育った。
──そして、あの日、あの森で、ローに出会ったの。
その頃にはもうたくさんの感情を知っていたけど、ローに出会ってから、またたくさんの新しい感情を覚えた。
手合わせするたびに負けて悔しくて。
だけど、一緒にいるだけで楽しくて。
あたしのワガママに顔を顰めつつ、それでもちゃんと会いに来てくれるのが嬉しくて。
──そして、独りとり残されたと気付いた時には、ノースブルーの蒼い海よりずっと深い、悲しみを味わった。
何も言わないまま、出会った時と同じように、ある日突然いなくなってしまった彼。
本当に、酷い人だと思った。
最低な人だ、と。
それなのに、あたしはあの人にこんなにも会いたかったんだから、感情ってものは不条理だ。
あたしがどれだけ強く想っても、相手が同じ分だけ返してくれるとは限らないのに。
なんて、理不尽。
こんな気持ちなんて、と思うけど。
なかった頃にはもう戻れない。
もう、二度とあの頃に戻るのはごめんだった。
それだけは我慢ならない。
──何も考えず、何も感じず、ただ、"守るべき人"のために生きろと言われたあの頃に戻るのは。