第16章 岐路(Ⅰ)
──確か原因は、子どもの手のひらに乗るくらいの、鳥のヒナだった。
ライが森の近くで怪我している小鳥を見つけて、教会に持って帰ってきたの。
飛ぶには頼りないふわふわの羽毛。小さなカゴの中でピィピィと鳴く姿が幼気で、どうにも愛くるしかった。
瞬く間にその小鳥は教会のアイドルになった。あたしも初めて見るその小さな生き物に少なからず興味を持った。
小さくて、温かくて、少し強く握ったら死んでしまうような、か弱い命。
誰に教えてもらったわけでもないけれど、何となく、大切にしないといけない、と思ったのを覚えている。
──大切に、守らないといけない、と。
"それ"が起きたのは、何でもない日曜日の昼下がりのことだった。アップルパイの香ばしい香りがしたから間違いない。
みんなが外で走り回っているのを、あたしは教会の中から窓際の壁にもたれて、ぼーっと眺めていた。
ひだまりの中。
温かい風が頬を撫でる。
シナモンと甘いリンゴの香り。
きゃっきゃっと響く声が耳に心地よい。
「……やってみようぜ」
「コイツ、飛ぶの忘れてんだよきっと」
…何の声だろう?
いい気持ちでうとうとしてたのに。
ぼんやり薄目を開けて窓の外を見ていると、ライをはじめとする悪ガキたちが寄ってたかって鳥籠の中を覗き込んでいた。
天気がいいからと言って、外に出してあげていた小鳥。鳥籠の扉はいつも開けているけど、飛び立つ素振りはなかった。
──もう飛べてもいい頃なのに、飛べない、小鳥。
「みんなが甘やかすからだよな」
ライが小鳥をつまみ上げて、言う。
ジタバタして、ピィピィと鳴く小鳥がひどく頼りなく見えた。これが、"可哀想"だという気持ちだとその時は気づかなかった。
「コイツ、高いところから落としたらさすがに飛ぶんじゃねェ?」
「かもな!あんまり甘やかしすぎるのもよくねェんだよ」
「こーゆーのは、厳しいくらいが丁度いい」
…シスターが怒ったら泣くくせに。
厳しいくらいが丁度いい、なんて。
眠たい目をこすって、なんとなくと眺めていると。
少年たちはしばらくガヤガヤと言い立てていたけど、やがて小鳥を持ったままどこかへ駆け出して行ってしまった。