第15章 存在理由
「ねぇ、ロー。その人はだれ?さっきから何を…」
言おうとして、
「…っ…」
突然、ズキリと頭が痛んだ。
──痛い。
耐えられないほどじゃないけど、頭の中で警鐘が鳴っているみたいにジクジクと鈍く痛む。
「……たいっ…」
あたしはこの痛みに覚えがあった。
研究所に入ろうとした時に感じた、あれだ。
あの時の男の声ほど不快な気持ちはしなかったけど、電伝虫から聞こえてくるこの人の声も、あまり聞きたくないような気がした。
どこかで聞いたことがあるような。
誰かの声に似ているような。
そんなこの人の声が、どうしようもなく、あたしを不安にさせた。
『お前が覚えていなくても、その身体に染み付いているだろう』
覚えていなくても…?
いったい何の話を…。
──いいかい。
あの方には決して逆らってはいけないよ。
…ああそうか。
あたしはきっとこの人を知っている。
記憶なんだ。
あたしの知らない記憶の話。
痛い。痛い。痛い。
辛い。嫌だ。怖い。
──もしかしたらこれは。
痛みで朦朧とする意識の中、あたしはふと思った。
──これは、記憶を思い出す時に感じる痛みなのかもしれない。
それも、あたしが思い出したくない、記憶を。
マリージョアで痛くなかったのは、温かくて優しい、夢の中のあの人のことだったからだ。
ひたすら懐かしくて、できれば全部思い出したいと思った。
だけど。
今も、さっきも。
何故だか思い出したくないの。
体が拒絶しているの。
聞きたくない、思い出したくない、って。
これ以上、何も知りたくない。
あたしが思い出すのはあの人のことだけでいいのに。
あの人のことさえ思い出せれば、それで幸せなのに。
どうして、何も知らない、幸せなままでいさせてくれないの──。