第11章 疑惑の研究所
「スモーカーさんっ!!!」
そんなことを思っていたあたしは、突然聞こえてきた声にハッとする。
この声は。
振り返ると案の定、たしぎさんがスモーカー中将に向かって走っていくところだった。ローに切断されたはずの胴体はいつの間にかくっついている。
たしぎさんが走り寄ってもピクリとも動かない中将。
そりゃそうだ。
ローが、倒しちゃったから。
彼の心臓を、取っちゃったから。
あたしは何も言えず黙り込むしかなかった。
中将のことは心配だけど、それをやったのはこの隣に立ってる人なんだもの。
たしぎさんがふらりと立ち上がるのが見えた。
吹雪はますますきつくなってきていた。
たしぎさんの体にも容赦なく冷たい風が吹き付ける。
だけど、そんなの気にならないように彼女はこちらを見ている。その目に宿っていたのは、誰の目にも明らかな剥き出しの憎悪の感情。
そして。
「よくもっ!!!」
彼女は刀を握りしめて、駆け出したのだった。その憎しみの対象である、ロー目掛けて。
そんな彼女にあたしでも気づくくらいだから、当たり前にこの隣の人も気づいていて。
「おいおい…よせ。そういうドロ臭ェのは嫌いなんだ」
心底めんどくさそうに大太刀を抜くロー。
彼女を迎え撃つため気怠げにそれを構えた後、──何故か、ちらと一回あたしの方を見た。
何?と思った一瞬の後、あたしはすぐにローが言いたいことを察した。だってその目が痛いほど、動くなよ、と言っていたんだもの。
あたしはむすっとした顔でローを見て、それから、目を逸らした。
──立ちあがりたいのは山々なんだけどね。
実は何と、情けないことに。
…あたしは、腰が抜けてしまって動けないのよ!!それで、さっきからずっとこんな冷たい雪の上に座り込んでんのよ。
思った以上にさっきローに突き飛ばされたことが──ローが負けるんじゃないかと思ったことが、心臓に悪かったみたい。自分で飛び出しておいて、情けないったらありゃしない。
唇を噛んで、ローはまたたしぎさんをぶった斬る気なんだと思っていると、小さく溜息が聞こえた。
そして──。
「シャンブルズ」
──結局、彼が何をしたのかは分からなかったけど、その場に倒れたたしぎさんは、少なくとも斬られてはなかった。