第9章 マリージョア
悲しいことなんか何もないのに、涙があふれて止まらない。
どうして?
どうして…。
どうして、こんなにも懐かしいんだろう。
袖で何度も涙を拭うけど、それすら追いつかないくらい後から後から雫が伝って落ちる。
突然の感情の洪水に驚きながら、あたしにはそれを止めることすらできなかった。
視界がぼやけて。
たしぎさんの声も、他の海兵さんたちの声も、まるで膜を隔てた向こう側にいるように、急に小さくなった。
同時に、靄がかかったように、だんだんと思考の輪郭が失われていく。
いろんな感情が心を埋め尽くしているのに、口に出す前に全てが泡となって溶けてしまって。
それらが、頭の中で、心の中で、マーブル状に渦を巻くようだった。
一瞬。
体がどろどろに溶けて崩れ落ちるんじゃないかとさえ思った。
それほどに支えきれない感情に。
飲み込まれて。
沈んで。
溺れて。
あたしには、もうどうすることもできなかった。
──その渦に身をゆだねて、すべてを手放してしまうしかなかったのだった。
薄れゆく意識の中、はるか遠い記憶の向こうで、また、あの人の声がした気がした。