第8章 決意
あたしは彼のことを何も知らない。
どこから来たのか。
どこへ行くところだったのか。
…彼の本当の名前さえも。
初めて出会った時、
『おれのこと、気になる?』
って、いたずらっ子のように笑ったけど。
「気になるに、決まってんじゃん…っ。あたし、あなたのこと何も知らないのに…っ…」
そうやってミステリアスに笑って、あたしが拗ねるのを面白がってたんでしょう。
彼のことを知る機会がもう一生こないなんて。
あの時、彼もあたしも想像もしてなかったの。
マリーゴールドのような金色の髪も。
光に煌めく薄紫色の瞳も。
もう二度と、この目に映ることはない。
思ったより力強い腕で抱きとめられることも。
後頭部に手を回されて引き寄せられることも。
「何だったのよあれは…っ。…あたし、初めてだったのに…」
ぽたぽたと落ちる涙が白いシーツにしみを作ったけれど、それを気にする余裕もなかった。
いなくなるならあんなことしないでよ。
マリーのばか。
あんたのせいであたしの心はぐちゃぐちゃだよ。