第5章 時代
「あれ?またあのジーサンいますね」
いつの間にか近くにやってきていたさっきの若者がおやといった調子で呟いた。
目線を追うと、積荷近くの石段に年老いた男性が腰掛けていた。
年齢は70くらいだろうか。
「あぁ、あのジーサンのことは気にするな。いつも港にいる」
かの男性は俺の知る限り、かれこれ10年は王都の港にいる。
詳しいところは聞いてねぇが、昔は俺らと同じく船乗りをしていたらしい。
なぜ今は船に乗っていないのかというと、もちろん歳のせいもあるだろうが、一番の理由は水難事故で女房とガキを亡くしたせいだと聞いた。
しかもちょうど長い航海の最中で、すぐに駆けつけることもできなかったと。
大好きだった海に大好きな家族を奪われ船に乗れなくなってしまった。
船乗りのくせに何とも情けねぇと言う奴もいるが、俺はそうは思わねぇ。
家族と海を天秤にかけて海を取ることを選択している今、それが明日の自分の姿かも知れないと思わずにはいられなかったからだ。
…まあ、若者にはこんな話はしなくていい。
もう少し海とはなんたるかを知って、一人前の船乗りになったその時には、どこかでコイツにも選択の時が来るだろう。
船に乗り続ける生活か、陸地での平穏な生活か。
そして、前者を選んだ者だけがここに残る。
──海を求め、海に求められた者だけ。
そう思って苦く笑う。