第19章 三つ子の母
『(この人が弾いていたの?)』
青いドレスを身に纏った長い紫髪の女性が、満月を見上げて立っている。
ズク…
『うぐ…!』
その女性を見た途端、針を刺すような痛みが襲い、手で胸を押さえる。
『(何で急に…っ)』
脂汗が米神に浮かび、苦しさで上手く息が吸えず、苦痛の表情で必死に堪える。
『(痛い!心臓が壊れそう…!)』
すると満月を見上げていた女性が、ぽつりと嫌悪感を含んだ声で呟いた。
『…あぁ、この匂い、久しぶりだわ…』
何故か嫌な胸騒ぎがした。いつもならすぐ治まるはずの痛みが今日に限って中々治まらない。
『忌々しい天使の匂い』
『っ────!?』
後ろ姿の女性がこちらを振り向いた。その容姿に私は言葉を失う。初めて見た彼女は…誰かに似ている気がした。
『ホントあの女にそっくりで腹が立つわ。しかも死んだ本人も"そこ"にいるなんてね』
『え?』
『母娘揃って男に色目を使うのが上手いわね。アンタはあの人を誑かして、コイツはアタシの息子を誑かしてる。神の御使いである天使が聞いて呆れるわ』
彼女は私の顔を見るなり、怖い顔を浮かべて、強い憎しみが孕んだ眼で睨み付ける。
『一体なんの話…?』
『とぼけんじゃないわよ!!どうせ卑怯な手を使ってあの人の心を奪ったんでしょう!?ねえ!?』
『し、知らない…!』
『アタシの方があの人に相応しいのに!!美貌だって負けてない!!それなのに…何でアンタがあの人に愛を向けられるのよ!!!』
『(な、なんなの…この人。)』
『憎い…憎い憎い憎い…!!今すぐ殺したいくらいアンタが憎いわ…!!』
急にヒステリーを起こした女性は、怒りをぶつけるように声を荒らげる。
流石の私もここまで一方的に責められると痛みと怖さを通り越して怒りが込み上げた。
『さっきから誰と間違えてるの!?私は貴女なんて知らないし、恨みを買われる覚えもない!!』
『…あぁ、そうね…そうだった。アンタの中にいる奴に話しかけてるつもりだったけど、こんなに似てるとあの女が目の前にいると思ってつい叫んじゃったわ』
『……………』
『でもアンタも同罪よ。私のモノを奪ったんだから。憎むべき対象だわ…!』
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