第19章 三つ子の母
気付けば、全く身に覚えのない部屋にいた。
『──ここは…?』
掃き出し窓から見えた空は陽が沈み、星々が世界を照らすように輝きを放っている。
『(何でこんなところにいるの?)』
不安になり、部屋を出た。廊下は薄暗く、静けさが漂い、人の気配すら感じない。
『(…気を付けて歩かないと。何が起こるか分からないし…)』
周囲を警戒しながら進めば、何処からか、旋律を奏でるピアノの音色が聴こえてきた。
『(このピアノの音…前に音楽室でライトくんが弾いてた。)』
耳を澄ますと、やっぱりどこか悲しい旋律。でも何故か聞き覚えがあった。私は…この曲をもっと昔にどこかで聴いている気がする。
『(どこで聴いたんだっけ…記憶が薄れてるけど、微かにまだ音色が頭の片隅に残ってる。)』
目を瞑り、美しくも悲しい旋律を傾聴する。
『(そうだ…子供の頃だ。"世界の全てを傍観できる鏡"を覗いたら、誰かがこの曲を弾いていた。途中で母様に見つかって凄く怒られたけど…間違いない、あの旋律と同じ音色だ。)』
その音色に誘われるように足を進め、やがて一つの部屋の前に辿り着く。
『(この部屋から聴こえる…)』
ゆっくりとドアを開ける。それと同時に聴こえていた音色がピタリと止まった。
『…誰もいない。今誰か弾いてたのに…』
戸惑いながらも部屋の中に足を踏み入れる。そこにはピアノだけしか置いておらず、誰かが弾いていた痕跡もなかった。
『(この部屋…なんだか嫌な感じ。)』
いつも感じる違和感が此処でも襲う。多少の息苦しさを覚えながらピアノに近付いた。
『…確かに弾いてたはずなのに』
鍵盤蓋が閉まっており、椅子に触れるとひんやりとした冷たさが伝わり、とてもさっきまで誰かが座ってピアノを演奏していたとは思えなかった。
『(じゃああの旋律は一体どこから?)』
開け放たれた窓から冷たい風が入り込み、透け感のある薄いレースカーテンを揺らす。
『……………』
ぼう然とピアノを見下ろしていた時…。
『──勝手に部屋に入って来るなんて、とんだ無礼な奴がいるものね』
『!?』
その声は窓の方から聞こえ、私は恐る恐る歩み寄る。そこはバルコニーになっていた。
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