【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第1章 序章
煉獄家の訓練は過酷な事で有名である。一般の隊士ですらこなせる者は殆どいない。
蛍もその事は知っていた。だからこそ槇寿郎の言葉がお世辞ではなく、賛辞である事はわかった。
だからこそ、悔しい。
悔しくて悔しくて、今まで見せた事のない涙が目に浮かぶ。
「それは私に鬼の血が流れているからですか」
震える声を絞り出すと、槇寿郎が俯く蛍の頬に優しく手を添え、上を向かせる。
その拍子にとうとう堪えていた涙が頬を流れた。
「そうではない、とは言いきれないが」
そもそも呼吸は鬼を倒すために産まれたものだ。鬼の血が邪魔しているの可能性もあるが、断定はできなかった。
「優れた剣士が優れた隊士になれない事はそう珍しい事ではない」
頬から手を離し涙を親指で拭こうとするが、蛍はその手を強く振り払った。
「私は…ただお舘様のお役に立ちたいだけなのに…!」
いつも落ち着いて穏やかな蛍が珍しく語気を荒げる。
「耀哉様は当主になられ、祝言もあげられた。私はあのお方のお側で、お役に立ちたいだけなのに…!」
1度止まったかに見えた涙が再び溢れ出す。
「私はもう杏寿郎の足元にも及ばない」
「あれは…既に基本と呼吸を心得始めておる」
そう、それ程までに呼吸の力は凄まじい。心の臓を強化し、細胞単位で人を強くする。物理の法則を超え、超越たる生物の鬼を討つのだ。
杏寿郎はまだ呼吸を教えてもらってはいなかった。だが長い鍛錬と真面目な性格、そして煉獄という遺伝子が、彼には備わっており、正式に習う前より本能的に学んでいるのだった。
「本能で呼吸を学べる者は稀有だ。比べても仕方ない」
「槇寿郎様には感謝してもしきれません。しかしこの惨めな気持ちを…不甲斐なさを…わかりはしないでしょう!慰めなど…」
ぺちん
雨粒の様に涙を流す蛍の頬を、今度は拭うではなく、優しく叩いた。
「そう吼えるな。そして嘆くな」
はっと槇寿郎の方を向けば、今までの雰囲気とは一転し、見たことのない様な険しい表情を浮かべ、言葉を続けた。
「己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと」
(我が子に、いや、歴代の炎柱としてすら、俺もどれだけ凡庸な才だったのか…)
「心を燃やし、必死に前を向け」
(これは俺が言う資格は無いのかもしれん。だが…)