【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第1章 序章
「君が足を止めて蹲っても時間の流れは止まらない。共に寄り添って悲しんではくれんのだ」
(伝えなければ。この子や杏寿郎は俺とは違うのだから)
そして蛍もまた、その言葉に心を打たれた。
まるで雷に打たれたように、心に響く。
「…はい。承知いたしました」
もう泣いている場合ではない。
槇寿郎の事など何一つ分かっていないのは自分の方ではないか。
炎柱という過酷な任務、歴史ある血族の当主としての責務。
私などが軽い言葉で反抗的な態度を取っていい人物ではないのだ。
そう思うと、恥ずかしさでいっぱいになり、涙もひっこんでしまった。
「…まあ、あれだ。今のは煉獄家に伝わる家訓…信条のようなものだ。もし私が杏寿郎や千寿郎に伝えそびれる事があれば教えてやって欲しい」
「………はい」
ようやく視線を上げると、そこにはいつもの槇寿郎がいた。
最強の炎柱で、誰よりも家族を愛する、心から尊敬する煉獄槇寿郎という男の顔だった。
「よもや!父上が蛍を泣かせたのですか!」
こちらが訓練の手を止めている事に気付いて駆け寄ってきた杏寿郎の、いつもはどこを捉えているのかわからない瞳が鋭く父親を捉える。
「これは一大事。母上に報告せねばなりません!!」
言うや否や、杏寿郎は母屋に向かって駆け出した。
その背中を見て、半呼吸ほどのため息をつくと槇寿郎は肩を休め、口を開いた。
「……瑠火はもう長くないだろう。動けない母親を思ってあれは弟の面倒もよく見ている」
「はい、存じております」
「蛍が良ければで良い。時々顔を見せに来て欲しい。あの子は君のことをとても好いている。勿論、俺も瑠火も千寿郎もだ。君のことを家族の様に思っている」
その言葉は、ここでの修練は終わりで、すなわち、呼吸法を取得を諦める事を意味していた。
「もったいないお言葉です。」
「何せ、蛍を取り上げたのは俺だからな」
目の奥に熱いものがまた沸き立ってくるのがわかる。
まるで本当の親のように育ててくれた先代のお舘様は死の淵に立たれ、姉弟の様に育った耀哉も既に結婚が決まっており、幼馴染みの様に接していた杏寿郎はもはや手が届かない領域へ行こうとしている。