【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第4章 アヤメの花言葉
「縁談……ですか?私と杏寿郎に」
聞き間違いじゃないだろうか。だが、槇寿郎がこんな冗談を言うとも思えない。
「杏寿郎には既に多くの声がかかっている。ふん、名前と歴史だけはある家督だからな」
それは至極当然だ。戦国時代の前より鬼狩りを生業としている名家だと、産屋敷の館にいる頃はよく聞かされたものだ。
「だがアイツは絶対に首を縦には振らない。何度か親戚筋も訪ねてきたが、梨のつぶてだと聞いている」
正直、その言葉はどこか嬉しかった。喜べる事ではない、むしろ家を継いで貰わなければ困るというのに。
「まあ、これはどのみち俺には関係ない。どうせその家督も俺で終わる」
「また、そんな事言って……」
空になった湯飲みを置くと、槇寿郎は体ごとまっすぐ蛍に向き直った。
「だが蛍は違う。お前は女だ。血を浴びることのない世界で、結婚し、子を成す幸せもあるだろう」
ともすれば侮辱されているような気分ではあったが、槇寿郎の真剣さに彼に悪意がない事は見て取れる。言いたい気持ちを堪え、彼の言葉が続くのを待った。
「皮肉にも、この家督のおかげで良縁が用意できる。既に何人か候補も見つかっている。あとは蛍、お前の気持ち次第だ」
「そんな……」
良縁?婚姻?そんな事は考えた事もなかった。確かに結婚を考えても良い年齢には達しているが、例え隠という身分ではあっても、仕事に一生を捧げる気持ちだったし、ましてや女性としての幸せなど考えたこともなかった。
「お前はどうしたい?」
胡坐をかいて座りなおし、自らの膝に肘をついて槇寿郎は聞いてくる。考えが纏まらないまま、蛍は声を絞り出して言葉を紡いだ。
「わ…私は…仕事を続けたい……結婚したくないわけじゃないけど、仕事を続けたい。今、辞めてしまうと、きっとずっと後悔するから」
無意識に拳を握りしめ、掌に爪が食い込む。
「……申し訳ありません。杏寿郎が申し出を受けないのは、私のせいだと仰りたいのでしょう。その通りだと思います。でも…」
「でも?」
槇寿郎が続きを促してくる。口角がわずかに上がり、少し意地悪そうな笑みを浮かべていた。