【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第4章 アヤメの花言葉
お酒を置いて、懐かしい笑みを浮かべる彼の方を覗き込むようにすり寄ると、急にぎゅうと力強く抱き寄せられた。熱いほどの体温とお酒の匂いが蛍の五感を刺激してくる。
「お前もあいつも…千寿郎も。本当に愚か者だ。揃いも揃って愚か者め」
きつい口調とは裏腹に、その抱擁は余りにも優しさで溢れていた。抱きしめた槇寿郎の手に力が入るのがわかる。
「強くなどならなくて良い。戦う必要もない。それを気に病む必要すらない。なのにお前たちは…」
ゆっくりと体を離すと、蛍もまた乱れてしまった夜着を整えていそいそと座りなおす。槇寿郎が気まずそうに酒を作り始めた。
「……お湯、ぬるくなってますよ。温めましょうか」
「いや、このままでいい」
そう言って何杯目かわからない焼酎に口を付けた。
「……飲み過ぎるから、自己制御が難しくなるのですよ」
「うるさい、ほっておけ」
その口調はいつもの槇寿郎だ。だが思い詰めた表情をされるよりは、こちらの方がよっぽどマシだった。大きく湯飲みを傾け、一気に酒を流し込むのを見て、蛍もまたこの強い酒を流し込む。喉が焼けるような感覚がし、ついで臓腑が熱くなるのがわかる。
「十二分に強い槇寿郎さまに言われると、少し腹が立ちます」
杏寿郎や千寿郎の気持ちは推しはかる事は出来ても、代弁などする事が出来ようか。せめて自分の正直な気持ちを伝えようと、真っ直ぐに彼の顔を見つめてから蛍は続けた。
「私は強くなりたい。強くなって鬼を倒したい」
「杏寿郎みたいにか?」
その言葉に何故か心を深く抉られるて、言葉が続かなかった。杏寿郎は好きだ。でも私は杏寿郎みたいになりなたかったのか?違う。何かが違う。だが否定しようにも丁度良い言葉が浮かんでこない。
「あいつはあいつだ。フン。やはりお前らは似たもの同士だ」
意味がわからない事を言う。グイと酒を煽る槇寿郎を訝しげに見つめるが、それ以上の言葉は期待できそうになかった。
「さて…話がある。本題だ。縁談の話がいくつかあがっている。そしてこれはお前にだけではない。あの愚息にもだ」
「へ……?」
今日は驚いてばかりだ。また突拍子もない発言に、危うく酒を落とすところだった。寸でのところで持ち直す。