【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第4章 アヤメの花言葉
正直、寒くはなかったが、その心遣いと、羽織に残る槇寿郎の体温が心地よくてそのままくるまれておこう。彼には誰よりも素の自分のまま甘える事ができた。
「ありがとうございます」
胸元できゅっと羽織を閉じると、ふわりとお酒と槇寿郎の匂いがした。お世辞にも良い匂いではないが、何故かとても落ち着く匂いだった。
蛍の横に胡座をかいて座ると、再び酒に手を伸ばして飲み始める。
「ああ、話がある……蛍は好きな男がいるのか?勿論、あの愚息の話じゃない」
ほんの一瞬だが、自分の心臓が本当に止まったかと思うほどドキッとしてしまう。肩がゆれるほど動揺したのか、羽織が右肩からずり落ちた。
「………いえ」
その羽織を再び胸元で交差させながら答える。数秒悩んだが、槇寿郎に対して何かをごまかす気持ちにはなれなかった。
「そうか。その姿を見る限り、男を知らないとは思えんが」
こっそり握った拳の中で汗が吹き出てくるのがわかった。その様子を見て槇寿郎がふむ、と頷いた。
「大いに結構、面白い。聞き方を変えよう。関係を持っている男がいるのか」
何て狡い質問だろう。でも腹を括なくてはいけない時なのかもしれない。文字通り、腹の底から声を絞り出した。
「は、はい。でも…」
「でも?」
槇寿郎が少し意地悪な笑みを浮かべて言葉を促してくる。珍しく楽しそうに見えるのは、今自分が攻められている側だからだろうか。
「でも……好きな人ではありません」
それを聞いて彼は膝を叩いてうむ!うむ!と満足そうに笑っていた。
「なら蛍はあのどうしようもない愚息に惚れていながら、別の男に抱かれているのか。大いに面白い!」
口に出されると恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまう。何も言い返せなくて、少し俯きながら、誤魔化すようにちみり、ちみりと酒に口を付けた。
「相手は隊士か?いや、それは誰でもいい。蛍の今のその強さ、それが秘訣なのだろう」
ギクリとして槇寿郎の方を恐る恐る見ると、彼もまたこちらを向き、かいていた胡座を崩して膝を立てた。
「俺やあいつに出来なかった事を、その男はしてやれる訳だ」
不意に優しい笑みを浮かべる槇寿郎に、蛍の頭には昔の姿がフラッシュバックする。
「し、槇寿郎さま…?」