【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第1章 序章
「はぁっ!」
杏寿郎は間合いに到達すると、着地した足を力強く蹴った。直線的な動きがゆるやかに流線を描きだし、小さな体の全身にスピードを乗せると、鞘はないが、枝をまるで鞘から抜く様な仕草で斜め上へと全力でそのまま振り上げる。
そう、所謂「居合い」だった。
スピードに力を乗せる事で、小さな杏寿郎に打てる、最大威力の技であった。
「ひゅう…」
半呼吸ほど息を吐きだすと、蛍は右手で枝を持ち、左手で反対の枝先を支えた。
左下から右上にかけて枝が飛んでくるが、それを流すように枝で受け止め、体を下げながら勢いを殺す。
杏寿郎のあまりにも早い居合切りに、シュッという音のほうが遅れてやってくる。
「えいっ」
完全に振り上げてしまった杏寿郎の右脇をすかさず枝でぺちりとしなり打つ。
「い゛っ…」
手加減はしたつもりだったが、思いのほか痛そうな顔を浮かべる杏寿郎を見て慌てて蛍は駆け寄った。
「も、申し訳ございません」
「うむ、謝る必要はないぞ!俺が弱いのが悪いのだ」
脇腹をさすりながら、太陽の様に明るい笑みを浮かべる杏寿郎。
「父上、凄いでしょう!私は蛍に勝ちたい!もっと稽古をつけてください!」
槇寿郎に駆け寄り、いつもの大声で言うが…
「父上…?」
くいくいと袖を引っ張られて初めて槇寿郎は我に返った。
それほどに、蛍の身のこなしに目を見張ってしまったのだ。
(いくら5歳といえど、杏寿郎の居合いを交わす事は並みの大人でもできんぞ…鬼の血……いや、これはあの子の努力か)
ふーむ…と顎に手をかける。
「あらあら、着物をこんなに汚してしまって。本当に元気が良い子ですね」
後ろでは瑠火が杏寿郎についた土誇りをてぬぐいでごしごし拭っている。
「なあ…瑠火。どうだろう、あの子。うちで稽古をつけてみないか…?もちろん、お前次第だが」
「まあ…私が反対した事がありましたか?幸い、うちにはまだ杏寿郎しか子がおりません。私は良く思いますよ」
特徴的な瞳を細め、にっこりと瑠火が微笑むと槇寿郎もにっこりと笑顔が浮かぶ。
「よおし、では決まりだ!蛍!」
その名を呼ぶと、先ほどの枝で地面に絵を描き、耀哉に見せていたその手が止まる。