【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第4章 アヤメの花言葉
「ところで千寿郎は…どうしてる?」
「気になるなら、ご自分で見てやったらどうです?」
少し隠し切れていないかもしれない。千寿郎を今、誰よりも傍で見ているだけに槇寿郎相手といえども腹が立った。微笑んではいたが、額に青筋のひとつやふたつは浮いていたかもしれない。
「あの子は…千寿郎の心の強さは瑠火にとてもよく似ている」
「ええ、見た目は槇寿郎さまの方に似ていますけどね」
槇寿郎が最後の一滴を飲み干したのを確認して、手を伸ばす。彼もその湯飲みを渡してきたので、おかわりのお湯割りを作りながら、蛍も続けた。
「……千寿郎くんは…私と同じです。いえ、私と同じって言ったら彼に失礼なのですけどね。呼吸の適性が見いだせず、剣技の限界を感じ、とても苦しんでいます」
温かいコップを槇寿郎に渡し、自らももう1杯と、底に残った酒をぐいと飲み干した。
「槇寿郎さまが教えてあげればあるいは…とも思いますけどね。ええ、嫌みですよ、これは。でも経験上どうにもならない事があるのもわかりますから…」
口に出すと、自分でも切なくなる。自分のお湯割りを作ろうとする手を、槇寿郎の大きな手が遮った。
蛍のコップを取ると、自ら酒と湯を入れ、彼女に渡す。おずおずと受け取り、舐めるように口を付けた。そしてそれは、想像通り、案の上、とても濃く強めのお湯割りになっていた。
「いつもこんなの飲んでいたら、お体壊しますよ」
「慣れれば美味い」
文句を言いながらも、蛍が口を付け飲んでいるのを満足そうに見つめると、彼女もまた笑って見せた。これは彼なりの思いやりである事を、蛍は痛いほどよく知っていた。3日と持たず弟子や後輩が逃げ出す杏寿郎よりは、槇寿郎の方が遙かに弱い人の心を理解しているところがある。本来、とても優しい人間なのだ。
だからこそ、本来は彼に千寿郎の師範となって欲しかった。
(かつて私がそうして貰えたように…)
ふと昔の平和なこの邸宅の情景が頭をよぎる。お酒が入るとつい感傷的になってしまうからダメだ。冷静さを保つため、頭を軽く横に振る。
隣に座る槇寿郎が不意に立ち上がったかと思うと、自信が着ていた羽織を蛍の肩にかけた。どうやら寒がっているように見えたらしい。
「夜も更けると冷えてくるからな」