【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第4章 アヤメの花言葉
「いつの間に、そんなに大きくなった」
彼もまた、蛍の作ったお湯割に口を付けた。
「私ももう今年で21ですよ。お酒も好きです」
彼に対してにっこりと微笑むと、槇寿郎もまた自嘲気味に微笑んだ。
「一緒に酒を飲める日が来るとはな。俺も齢を取るはずだ」
「そうですね。そう思います」
香ばしい焼酎の香りが湯気とともに回り、その温かさが冷えた体に沁みいってくる。
槇寿郎がつまみの芋けんぴに手を伸ばしたのを見て、蛍がひときわ明るく嬉しそうに言った。
「それ。その芋けんぴ。千寿郎くんが作ったんですよ?上手でしょう」
「千寿郎が?」
「ええ。あの子は凄い子ですね。もう料理は一通り何でもできるのではないでしょうか?座学も剣術も励んでいますよ。出来る事の広さで言えば、杏寿郎よりも出来る事が多いでしょうね」
それを聞いた槇寿郎はフンと鼻を鳴らすだけで何も言わなかった。ただ、芋けんぴを戻すことなく、しっかりと食べていたので、蛍は満足だったし、明日、千寿郎に教えてやろう、と密かに胸の内で思っていた。
「……でもそんな話を聞きたくて、私を呼んだのですか?もちろん、聞きたいのならもっと色んなお話がありますけど」
ちびり、ちびりと酒に口を付けながら言うと、槇寿郎は一気にゴクリと飲んで、それから続けた。
「俺は柱を辞める。これ以上は続けても意味が無い」
これには蛍も驚いて、もう少しで持っていたコップを落とすところだった。
「意味が、無い?」
意味が無い、の意味がわからなくて聞き返すが、槇寿郎はそれには応えなかった。
「あの愚か者め、教えてもいないのに、とうとう自ら炎の呼吸を取得しおって」
杏寿郎の事を名前で呼ばなくなって久しい。それが、どんな話の内容よりも、蛍にはいつも寂しく思えてならなかった。
「……杏寿郎はもう甲までになりましたよ。柱になる日も近いでしょう」
「ちっ……あいつはまだ、それがどういう事かわかってない」
その言葉の重みは、20年以上に渡り責務を担ってきた槇寿郎にしかわからないだろう。そう思うと、杏寿郎をかばい、反論したい言葉も、声として出てはこなかった。