【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第4章 アヤメの花言葉
あまりにも唐突で、足を止めてしまう。
「いや、うむ、最近、君があまりにも綺麗になったから…」
蛍の半歩先に進んで、彼もまた足を止めた。彼女の方に向き直り、言葉を続ける。
「蛍はどんどん綺麗になっていくな。どうしてここまで君に惹かれるのか、自分でもわからない時がある」
「……そういう言い方はズルいと思う」
だって、私の好きな人はあなたしかいない。心の中でしか呟けない言葉を何度飲み込んだことか。
「特に最近、君には目を見張るものがある。美しく、そして強くなっている」
心臓の音が杏寿郎にも聞こえるているかもしれないと心配になるほど、ドクドクと脈打つのがわかる。その様子に、彼も少し慌てたように調子をもとに戻した。
「べ、別に問い詰めているわけではない。この性分だからな!聞かずにはいられなかっただけだ!」
慌てて、少し気まずそうに腕を組み、話す時はいつもまっすぐに見つめてくる彼には珍しく、視線を逸らしている。
「どうしてそんな事を聞くの?」
声が震えているのを悟られたくなくて、泣きそうになりそうな顔を見られたくなくて、少し俯き、小さな声を絞り出す。
「好いた相手の事を気にするのはおかしな事ではないだろう?」
落ち着いたトーンで、それでいていつもの様にまっすぐに答えてくる杏寿郎に、ふつふつと感情が湧き上がるのを抑えきれず、ぐっと両の拳を握りしめ、蛍も続けた。
「お願いだから、何度も言わせないで…」
怒りにも似た悲しみが押し寄せてくるのを必死に堪え、唇の端をぎりっと噛み締める。
「私はあなたが好きよ。愛している。でも相応しく…」
その言葉を全て吐き出す事を、杏寿郎は許さなかった。最後まで言い終える前に、人差し指をしっと蛍の唇に当て、唇を封じる。
不意打ちを喰らい、思わず彼の方を見ると、とても柔らかく微笑んでいた。その姿にざわついていた感情が、波が引くようにすうっと落ち着いていく。
人差し指を離すとその手が頬を撫でた。
「もういい。ずっと前から、蛍を苦しめているのは俺だ。君に否はない」
その手を蛍の頬から彼女の耳たぶへと伸ばす。赤く光る瑠火の残した光がきらりと光っていた。
「これ以上悲しませると、母上もきっと悲しむだろう」