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【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦

第4章 アヤメの花言葉


その時の事は杏寿郎も何となくは覚えていた。今日はその時の記憶を辿ってこの店へ来たのだと伝えると、店主の男性も嬉しそうに、そうでしたかと頷いてくれた。

「そちらの女性がされている耳飾り…それを手直しして加工したのは、この私です。瑠火さまの大事な宝石だったはず」

蛍はそれを聞いて、つい耳たぶを触ってしまう。指の腹にあたる石はいつも、ひんやりとしているのにどこか暖かさを感じる、不思議な宝石だった。

「つまり、こちらがぼっちゃんの大切な人…という事ですかな」

「あ、いえ!!そんな……」

「そうだ!だが、俺もまだまだ若輩で不甲斐ないのでな!」

三人の声が重なりあい、とうとう恥ずかしさが限界に達した蛍は視線を下にしてしまう。穴があったら入りたかった。だが、そこに穴はなく、そしてふと目にとまるものがあった。

「あ、これ、綺麗…」

つい口にして出してしまった為、杏寿郎も視線をやった。

「気に入ったものがあったのか!それは良かった!よし、これにしよう!」

「ちょちょちょっと待って、まだ何も…」

決断は常に早く、行動は更に早い。そんな杏寿郎を制御するのはなかなかどうして、難しい。

「こちらですな…ええ、お目が高い。宝石ではないのでそこまで高価ではございませんが…こちらは職人が丹精に作りあげたガラス細工でございます。美しいアヤメの形と色が素晴らしい」

店主はそっとその髪飾りを手にとると、蛍に差し出し、更に続けた。

「これも何かの運命でしょう。アヤメは皐月…ぼっちゃんの誕生花でございます。瑠火さまがぼっちゃんをお産みになったあと、ご当主さまが胸飾りを買って行かれましたので、よく覚えておりますとも」

「……父上が?」

杏寿郎が大きな目を更に見開き、珍しく度肝を抜かれたような顔をしていた。

「はい。とても嬉しそうに語られておりました。お子が産まれた記念に何かを贈りたいと言われたので、誕生花を勧めた事を、つい最近のように覚えております」

差し出されたアヤメの髪飾りを、蛍が杏寿郎に手渡す。ほんの一瞬、大きな目を細め、見た事もないような切ない顔をしたのを蛍は見逃さなかった。そしてすぐにいつもの太陽の様な笑みを浮かべる。

「そうか!ならばますますこれが良い!」
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