【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第4章 アヤメの花言葉
彼の真っ白な着流しの裾をちょいちょいと引っ張って耳元で囁くが、彼は仁王立ちのままぐるりと店内を見回すと、目的のものを見つけたのか、ずんずんと店内を進んでいった。
「ちょっと!待ってよ!」
ひとり取り残されてはたまらないと、慌てて彼を追いかける。
「うむ!これだ!」
杏寿郎が立ち止まったところを見ると、色とりどりの装飾が並んでいるが、彼のどこを見ているかわからない視線では、何が目的なのか全くわからなかった。
「…ねえ?何を買いに来たの?」
恐る恐る聞いてみると、彼はうむ!と一際明るく満面の笑みを浮かべる。
「好きなものを選んでくれ!俺からの贈り物だ!」
そして声も一際大きかった。ただでさえ居たたまれないのに、一瞬とはいえ店中の視線が集まるのに耐えられず、蛍は顔が真っ赤になってしまう。
だが、杏寿郎が差し伸べた手の先に並ぶものを見て、蛍にもやっと目的のものがわかった。
「簪に……髪留め?これを私に?」
「髪留めを無くしたのだろう?以前、蛍が俺にくれた、そのお礼だ!」
ピン!と自分の髪紐を指で跳ね上げる。
「まさか、まだ使ってたの?」
正直、驚いて口元を手で覆った。当たり前だと言わんばかりに杏寿郎はにっこりと頷く。
「そんな…でも私、こんな立派なの貰えないよ」
目の前に広がるキラキラとした装飾は見た事もない眩しさを放っていた。
「ほっほっほ。お嬢さま、そこは素直にありがとう、と言った方が殿方は喜びますぞ」
奥から洋装をきっちりと着込んだ老人の男性が話しかけてくる。その身なりと立ち振る舞いから、この店の店主だろうか。
「うむ!その通りだな!さあ、どれがいいか選んでくれ!」
再び店中に響く大きな声で杏寿郎が言ったので、今度は耳まで真っ赤になってしまう。
「相変わらず元気の良いぼっちゃんですな。母上君の事は…寂しく思います。あれほど見る目を持った方はそうはいなかった」
「母上を知っておられるのか!」
思わず杏寿郎の顔から心底嬉しそうな笑みがこぼれる。そう、それはいつも大人びた彼からは滅多に見られない、珍しく年相応な幼い笑顔。
「知っていますとも。最後にお会いした時は下のぼっちゃんを身籠もっておられましたかな」