【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第4章 アヤメの花言葉
夕刻が近い事を、薄橙色に染まり始めた空が教えてくれる中、槙寿郎を送り出したあと、夕餉の支度だけを済ませ、蛍は千寿郎の剣の稽古を見ていた。
(太刀筋はいい。きっと良い剣士になる)
基本の型を抑え、軸が乱れない。教える人が杏寿郎ぐらいしかいない中、教えてもらった基本を何千、何万と繰り返し自分で稽古している事が見てとれる。
「千寿郎くん、今度は打ち込んでみて。いい?本気でくるのよ」
「はい!」
快活な返事が返ってくる。真正面から向き合い、千寿郎は真っ直ぐに木刀を構えた。いつも柔らかに下がった優しげな眉がキリッと上がる。
(こう見ると、杏寿郎そっくり)
まだ自分と体格差のあった幼い頃の彼の姿を、ふと思い出した。彼女もまたまっすぐに木刀を構える。
「……はぁ!!」
千寿郎が力強く地面を蹴り、一気に間合いを詰めて木刀を振り下ろす。地に足を付け、踏み込む力を剣技に乗せる、間違いなく煉獄家の型だ。
(速い!)
振り下ろされた木刀を敢えてギリギリで避ける。その返す刀が下から振り上げられ、蛍はそれを自らの木刀で受け止めた。
まだ10歳になるかならないかという千寿郎の、渾身の押しを受け流す。その反動で彼がほんの一瞬だけバランスを崩したが、その一瞬を見逃す程には蛍も甘くない。
千寿郎が体勢を立て直した時には既に、彼の喉元には真っ直ぐに木刀が突きつけられている。
「………参りました」
いつもの柔らかい笑みを浮かべ、千寿郎から木刀を下げた。
「うむ!見事だ!!強くなったな、千寿郎!!」
「兄上!!」
一際大きな声のする方に杏寿郎の姿を見つけると、千寿郎はぱあっと明るい笑顔で嬉しそうに駆け寄った。
「おかえりなさい、杏寿郎。…また傷だらけね」
蛍もまた目を細め、柔らかに笑う。隊服ではなく着流しで身なりは綺麗だが、見えるところは擦り傷やら包帯やらで痛々しい。
「今回はいささか手こずった!君に怒られる前に蝶屋敷で治療をしてもらったぞ!」
蛍も仕事が忙しくなり、休日も以前より家を空けがちになると、杏寿郎はきちんと蝶屋敷に寄って帰るようになっていた。少しでも手を煩わせないようにと、彼なりの気遣いだろう。
「ご飯にする?準備はできているけど…夕餉には少し早いわね」