【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第3章 鬼の血の子と稀血の柱 ※
「それは許さないって知ってるでしょ」
背中から回された蛍の冷たい掌が自分の胸にひたりとくっついて、ひんやりとする。
「炎柱…槙寿郎さまに命を救われた話はしたでしょ?彼には誰よりもご恩があるし、大切な人なのよ」
実弥が胸元で蛍の手を握りしめると、彼女もまた軽く握り返してくれた。
「………まさか、あの酒飲みの炎柱が前に言っていた男の話じゃないだろうなぁ?」
「あ、違う!違う違う!彼はそんなじゃないの。もっと違う…そうね、親がいるなら、こんな風に慕ったのかもしれない…」
実弥はここ最近はずっと、床の中だけでなく普段でも自分の事をお前やテメェと言わず、名前で呼んでくれるようになっていた。
「蛍の父親ってかぁ?俺の親父は思い出したくもねぇ糞だったからなァ…」
そして蛍にはそれが少し嬉しくもあった。
「じゃあ私は幸せものね。実の親は知らないけど、この名前も母親が決めてくれていたらしいし、それを教えてくれたのも槙寿郎さまなんだけどね。とても気に入っているの」
嬉しそうに話す彼女の顔が気になったが、背を向けたまま実弥も返した。
「母親は……いつも子を思うもんだからなァ」
実弥の穏やかな口調から、彼の母親がきっと素敵な人だったのだろう事が伝わってくる。実際に彼の家族は誰もいないと聞いていたので、ひっそりと、蛍はそう思った。
「でも、好きだった人は違うの。彼じゃない」
「過去形じゃねぇんだろぉ?」
言うと、彼の手をそっと離して、蛍は天井を向いた。自分の掌を掲げて、じっと見つめる。
「……そうね、きっとそう。でも忘れないといけないの。私じゃダメだから」
なんとなく、本当になんとなく。ただただ蛍の顔が気になって、今度は実弥がこちらを向いて横になった。
「なあに?泣きべそかいてるとでも思った?」
「別にそういうわけじゃねぇよ」
こちらを向いた彼の胸元に、丸まるように顔をうずめ、蛍は言葉を続ける。
「……ありがとう。あなたといる間は忘れられるの。本当よ」
「ああ……知ってる」
風柱とは言え、3つも年下の男とは思えない抱擁力を見せる事が、実弥には多々あった。つい甘えてしまいたくなる、そんな包容力だ。