【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第1章 序章
当主は既に完全に視力を失い、病により起きているのもやっとではあったが、その透き通る声には1寸の衰えも感じさせない響があった。
「ほら…ご挨拶しなさい」
「はい!おれ…わ、私は煉獄家当主、煉獄槇寿郎が長男、杏寿郎です!」
とても5歳児とは思えない肺活量なのか、屋敷中に響き渡る様な大声で杏寿郎は叫んだのだった。
特徴的な髪の色に、太い眉、大きな瞳と顔立ちは槇寿郎にそっくりなのに、どこか瑠火の面影の差す顔立ちで、美しく刺繍が施された真っ白な着物がよく映えた。
「ほら、こちらにおいで。飴をあげよう」
予め用意していた千歳飴を差し出すと、先ほどとはうってかわり歳相応の無邪気な笑顔を浮かべる杏寿郎。
「コホン。杏寿郎」
それを槇寿郎が軽く窘めると、杏寿郎もハッとし、慌てて畏まり、今すぐ駆け寄ろうとしていた姿勢を正した。
「あ、ありがたく頂戴いたします」
「ふふっ。そんなに畏まる必要はない。私にも子がいるのでよくわかる」
当主が視線を後ろにやると、控えていた女の子がふたり、軽く頭を下げた。
「耀哉です」
「蛍です」
「ふたりとも、よく覚えておきなさい。未来の鬼殺隊を支える子だよ」
「はい」
ふたりは声をそろえ、頷いた。
「さあ、こちらへ」
当主が微笑むと杏寿郎は嬉しそうに飴を受け取った。見た目はしっかりしていてもやはり5歳、犬がつい尻尾を振ってしまうように、畏まっていても嬉しくて仕方ないことが見て取れる。
「耀哉も蛍も少し歳上だが、仲良くするのだぞ。産屋敷家と煉獄家は何百年もともに歩んでいる、家族も同然…」
目の前で佇む杏寿郎の頭を優しく撫でると、彼は嬉しそうに歳相応の笑みを浮かべて頷いた。
「さあ、遊んでおいで」
「はい!」
言うと飴を母親に預け、杏寿郎は耀哉と蛍と一緒に走り出したのだった。
「子どもは良いな。光り、希望そのものだ」
「その様に思います」
槇寿郎も同じことを思った。
「あれから9年ですか。時の流れを感じます。私も老けるはずだ」
「どうですか、世継ぎの方は」
「はい、あれは私を超える炎柱になるでしょう。生まれつき胆力があり、体躯に恵まれ、才があり、何より努力を惜しまない」
見えなくても槇寿郎が誇らしく語る様を見てとると当主も嬉しそうに微笑んだ。