【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第1章 序章
端から見ると妊婦には見えない奥方だったが、宿っている命を愛おしむ様に、自らの腹を撫でた。
「聞いたとおりだ。私も今ひとたび、古き歴史を調べてみよう」
弱っているはずの体とは思えないほど、すっと音もなく立ち上がると、話はそれまでとばかりに、奥座敷の方へと奥方と手を取り、当主は歩いていった。
その姿が完全に見えなくなってから、槇寿郎は肩の力を抜く。梅雨があけたばかりの季節は、花は散っても、木々は緑に生い茂り生命力にあふれている。彼がとても好きな季節だった。
「……不思議な赤子だ…ふむ」
その抱いた感触を思い出すように自らの掌を見つめる。とても、やわらかく、温かかったその感触。
(たとえ人の子であろうとも、鬼の血が混ざっていないとも言えぬ…不思議な感触だ。だが気は捨て置けぬ)
もし鬼であれば、この屋敷が敵に見つかってしまう恐れまであるのだから。いざという時は切り捨てる覚悟も自信もある。
だが、3ヶ月経とうとも鬼の気配は全くなく、一時的に煉獄家で預かっていた蛍を産屋敷家へと連れてきたのだった。
この事を知っているのは槇寿郎以外では水柱しかいないとの事。柱合会議も行われず、完全に非公式の扱いである。
(もっと強く……もっと高みへ……)
煉獄家も歴史の古い家である。先祖より伝わる書物は山のようにあった。少し調べてみるのも良いだろう。
何より、あの無垢な赤子を見ると、自身が強くあらねばという気持ちが、心の奥底から沸き上がってくるのがわかった。
(いつか私にも子が出来る事があるのであれば、その時は一緒に遊んだりする事もあるのだろうか)
柱は最強が故に、強き鬼との対峙も多く、志半ばで命を失う者が多い。家族を築き、子孫を残せる人はほんの一握りである。
まだ見ぬ未来に思いをはせ、槇寿郎は自らの屋敷への帰路へと向かったのだった。
これが槇寿郎が後に妻となる瑠火と出会う少し前の出来事だった。
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「息災のようでなによりの様だ」
「恐悦至極に存じます」
槇寿郎が深深と頭を垂れると、ほんのひと時遅れて隣に立つ瑠火と小さな男の子が同じく頭を下げた。
「5歳の節目であったな。名を…なんと申したか」