【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第2章 初めての死
引っ張られるように歩き出すと、杏寿郎は更に続けた。
「父上もよく言っておられた。鬼殺隊は、お館様、柱、隊士、隠、そして藤の紋の協力者の全てで成り立っていると。その存在に優劣はなく、役割が違うだけで全員が全員を支え合っているのだと」
早足で歩く杏寿郎に歩調を合わせる。少し遅れて斜め後ろから見る彼の顔は、心底嬉しそうだった。
本当は蛍が鬼殺隊を止めて去る事を心配していたのかもしれない。もしくは、在りし日の父の姿を自分でも思い出して嬉しかったのかもしれない。
「俺は……君が死なない事が嬉しい!これも父上がよく言っていた。昨日笑い合っていた仲間が死ぬ事も、よくある話だと」
「杏寿郎…」
「何度でも言うが、俺は蛍が好きだ!だから死なせない!」
にっこりと笑う姿に、彼女の胸がズキンと痛む。
杏寿郎があまりにも、あまりにも明るい太陽のようで。自分があまりにも情けなくて。
その明るさに照らされて自分の影が消え、救われることもある。だけど強い光は陰を大きくする事もあった。
彼はとても機敏に空気や感情を読み取ることが出来る。今は自分の中の陰を悟らせないよう、それだけに心を費やした。
「そうだ!父上、炎柱の専属にしてもらうとよい!そうすれば屋敷に住めるし、また一緒に暮らせるな!」
「え、でも…」
「よし!決まりだ!」
「ちょ、ちょっと」
制止しようとする蛍の方を振り返ると、大きな瞳がこちらを捉える。
「蛍は嫌がっていない!つまり、決まりだ!」
にっこりと笑うと、不意に蛍の耳を触った。
「亡き母上もお喜びになる!父上は今、心が弱っておられる。俺が隊士になれば、家にいる時間が減ってしまう。そうすると千寿郎が寂しい思いをするだろう。そこに蛍がいてくれると、俺は嬉しい!」
耳から手をそっと離す。母を思う時、彼は最も幼い顔に変わる。
「父上も、千寿郎も、君の事が好きだ!何も問題はない!」
実際に千寿郎と会っていたのは彼がまだ物心もつく前である。好きかどうかもわからないのに、杏寿郎は自信があるようにそう叫んだ。