【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第2章 初めての死
「大丈夫ではなさそうだ!俺がおぶっていこう」
「えっ…」
何度となく繰り返した悪夢の中で、この答えは初めてのものだった。戸惑ってしまい、言葉に詰まる。
「ほら!」
背中を向け、いつでもどうぞとばかりに顔だけこちらに向けて、快活に叫ぶ。
しかし、いくら背丈が同じぐらいになったとはいえ、成長途中でまだ少年らしく細い手足の杏寿郎におんぶされるのは気がひけた。
「遠慮しなくていいぞ!」
くいくいと後ろ手に構えた手が動く。
「う、うん。重いよ?ごめんね…」
ひょいっとおんぶする。杏寿郎がしっかりと蛍の足をつかみ、彼女もまた彼の背中に体を預けた。
「うむ!重いな!だが平気だ!」
重くないよ、とかのお世辞を言わないのがとても杏寿郎らしい。お世辞や便宜ではなく、事実を大事にしているのだ。
小走りに東の方へ進んでいくと、道中、鬼に襲われている候補生がいたが、それも杏寿郎が難なく鬼を切り捨て、救っていた。
彼らは杏寿郎に感謝と尊敬の意を表し、彼もまた一緒に頑張ろうと励ましている。
そんな光景を眺めながら、杏寿郎は誰よりも強く、努力家で、家柄も良く、賢く、全体を見ていて、それでいて驕り高ぶらず、卑屈な謙遜もせず、ひとりひとりと同じ目線に立つことが長けているのがわかった。
それは、もっともっと幼かった頃によく見ていた、槇寿郎の姿に重なって見えた。
他の候補生たちと別れると、ふたりは木々の根本に腰をかけた。
珍しく、杏寿郎が落ち着いた声でぼそりと言葉を発し始める。
蛍は地面に座り、膝を抱え、杏寿郎の方を向いた。
彼もまた地面に座るとこちらを向く。
そこには今まで見たこともないような、静かで寂しそうな表所うを浮かべた杏寿郎がいた。今にも泣きだしそうな顔をしている。
「俺は…一瞬だけ言えなかった。一緒に頑張ろうって」
先ほどの子たちの事だろう。皆、杏寿郎と同じか少し上ぐらいの子だった。
「刀を折られ、震えて泣いていたのだ。お礼を言ってくれたのに……」
いつもより声も表情も落ち着いていた。この様な表情は滅多に見せないし、蛍も数回しか記憶にはなかった。そしてこういう時の彼は例外なく、年端に似合わず大人びている。その事が彼の人生の責務の重さを物語っていた。