【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第2章 初めての死
その手をぐいと引っ張られる。あっ…とバランスを崩しかけた蛍を杏寿朗はしっかりと引き寄せ、その唇に自分の唇を重ねた。
「……!」
一瞬の事で、何が起こったのかさっぱりとわからなかった。ただ、その唇から杏寿朗の体温だけが伝わってくる。それは…正直に言えば、とても心地よいものだった。
彼がゆっくりと唇を離すと、いつもどこを見ているのかわからない彼の視線が、とても優しく自分を捕らえているのがわかった。
まただ。またこの視線。急に顔が熱くなってくるのがわかる。
「うむ!初い!」
「な、な、あの、」
満面の笑みを浮かべる杏寿朗に問いただそうとするも、膝が震え、言葉がでてこなかった。それを見た杏寿朗が、今度はぎゅっと、強く、深く、抱きしめてきた。
「俺は、蛍が好きだ。初対面の時から俺は既に君の事が好きだった」
普段は見せない落ち着いた声のトーンで囁かれ、ぎゅうと彼の肩に顔が埋まる。膝の震えは止まっていた。
「あ、あの」
「ほら、大丈夫だろう。震えていてはうまく体を裁けまい!」
いつものにっこりとした笑顔に戻っていた。
「では、俺は行くとしよう!蛍も気をつけるのだぞ!」
足早に山の木々の向こうへ足を歩ませる杏寿朗の後ろ姿を、今度は見送る側になる。いつの間に彼の背中はあんなに大きくなったんだろう?
ぬくもりの残る唇を無意識に触りながら、そんな事を考える。
(私は…彼を……好きなのかもしれない……?)
まだ自分の気持ちがわからない。でも、彼の口づけと抱擁はとても温かく、体は本能でそれをまた味わいたいと思っているのがわかった。
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6日目の夜が来る。
冷たい空気の中、月は美しい上弦を描いていた。
今日を生き延びる。それに全力をかけなければならない。
自然と剣を抜き身で持ち、神経を張り詰めさせる。ぎらりと光る金属の輝きが、今日はいつもよりも頼もしく思えた。
ギャァァァァ…
遠くで断末魔の悲鳴が聞こえた気がした。でもそれが鬼のものか人間のものかわからない。
人一倍正義感が強いわけでもない。むしろ他人には無関心な方だと自分でも思う。いつもなら間違いなく、反対の方へ向かうだろう。
なのに蛍はそちらへと足を向けずにはいられなかった。