【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第2章 初めての死
「やめ、やめろ…!!」
恐怖に歪む鬼の顔に、その幼い声に、胸がチクリと痛む。
「でも、あなたたちは、それをしてはくれないでしょ?」
ずぶ。
日輪刀を首筋に少し食い込ませる。その後に渾身の力を込めて刀をなぎ払った。
断末魔の悲鳴を上げ、名も知らない鬼の首が宙を舞い、そして地面に転がり、やがて崩れ去る。
(重い…?こんなに重いもの…?)
胴を切るのとは比べものにならない重さだ。剣を握りしめた手は鬱血し、柄の模様がそのまま痣の様についていた。その掌をまじまじと見つめる。
(これは私が呼吸を使えないから…?)
弱点の首が簡単に切り落とせるはずはないだろう。なればこそ、隊士は呼吸を使うのだ。そう、そんな事はわかっている。
(大丈夫、そうだとしても、私はやれた。初めて鬼をこの手で…)
未だ残る余韻を振るうように、刀を振り、付いた汚れを振り払う。そっと刀を鞘に収めると、冷たい空気をめいいっぱい吸い込み、深呼吸をした。
やれる。やれるやれる!人生で感じた事のない自信があふれてくるのがわかる。
そんな蛍の心を表すかの様に、東の空が白み始めた。
そろそろ夜明けだ。今日の寝床を確保しなくてはいけない。
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つん。
蛍のおでこを人差し指でつついてみるものの、全く起きる気配はなく、くーくーと寝息を立てている。
杏寿郎はその寝顔を見つめながら、彼女の体についた枝葉の汚れをはらってやった。
最終選別も5日目がおわった。あと少しとはいえ、ここまで山の中で過ごしていれば誰だってぼろぼろになる。
朝日が昇り、切り株が並ぶ開けた場所を見つけ、休憩しようとした矢先に、杏寿郎は彼女のその姿を見つけたのだった。
土埃で薄汚れてしまった自分の羽織と同じものに身をくるみ、すやすや眠る彼女の横に、自分も腰掛ける。冬の山肌の冷たさが、衣服を通しても伝わってきた。
(うむ!蛍はいつも寝ると起きないやつだったな)
一緒に過ごしていた懐かしい記憶が蘇る。そこには幼き自分や、今の姿とは違う父、そして存命の母がいた。その全てが今と違っていた。
しかし、それは悲しい事などではない。悲しいとは思ってはいけない。思う必要もない。弟の為にも、自分の矜恃にかけても。