【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第2章 初めての死
「鬼は飢えています。倒すも、隠れるも、逃げ延びるも、手段は問いません。7日間、どうか生き延びてください」
最後のひと事だけ、口調が強まった。
心からそう願っている事が、眉ひとつ動かさない表情をしていても、その場にいる誰もがわかった。
深々とおじぎをすると、1歩下がり、隠が手を取り姿を消した。
それが開始の合図とばかりに、皆が一斉に山の上の方へと散り散りに走り出す。
(私も遅れられない…!!)
山へ登ろうと、すうっと深呼吸をしたその時だった。
「蛍!!」
カァ!カァ!と山の鴉が飛び立つほどの大きな声で名前を呼ばれる。
振り返ると、ひゅううと冷たい北風に羽織と髪を靡かせ、笑顔で仁王立ちしている煉獄杏寿郎の姿があった。
「きょ、杏寿郎…さん」
「うむ!昔みたいに杏寿郎でいいぞ!」
かけよって見ると、蛍と同じ羽織を着けているのがわかる。やっぱりこれは槇寿郎が送ってくれたものだったのだ。
「元気そうで何よりだ」
「覚えてくれてたのね」
「忘れるわけがなかろう!おっと、お喋りはゆっくり出来るから今は山に登るぞ!」
「あっ!」
言うより早く、杏寿郎は蛍の手を取って走り出した。蛍も慌てて足並みを揃える。
(は、早い!!)
山を登っているとは思えない早さで駆け抜けていく。ついて行くのがやっとだが、きっと杏寿郎は本気の1/4も力を出していないだろう事が見て取れた。
「頑張れ!付いて来い!」
こちらの心を察した様に声をかけてくる。振り向いたその顔を見ると、やはり汗ひとつかかず、息ひとつあがっていない。
こんな時に「大丈夫か?」ではなく「付いて来い」と言うところがとても杏寿郎らしかった。
何年も会っていないのに、全く変わっていない。それがなんだか嬉しく思えた。
「うん、言われなくても!」
(あんなにちっちゃかった杏寿郎の背を追う日が来るなんてね)
杏寿郎は間違いなく今回の選別をパスするだろう。ますます受からねばならない理由ができたのに、胸にこみ上げるのは重圧よりも、わくわくとした感覚だった。
(この子はいつも、私に前を向かせるのよね)
もう、この子なんて言えないのだろうけど。そんな事を思っていたら、杏寿郎がぴたりと足を止めた。慌てて蛍も足を止め、なんとか息を整える。