【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第2章 初めての死
どうしてなのかはわからなかったが、柱も隠も誰も槇寿郎のことを語ろうとはせず、聞いても口を濁されるだけだった。
きっと瑠火が亡くなって心を痛めているのだろうと、最初は思った。
だが、あまりにも姿を見せないので、もしかしたら蛍に会いたくない理由があって避けられているのかもしれない、と思うこともあったが、よくよく考えてみれば私ごときを避ける理由もない、と己の自意識を恥じることもあった。
それも、この羽織と剣を身に着けた今となっては杞憂だ。
むしろ、嬉しくて、温かくて、勇気が湧いてくる。
大事な家族を簡単に失うこの時代において、血の繋がった家族はいなくても、自分には家族の様に大切な存在がいっぱいいる。それだけでも幸せなことだと、よくわかった。
「失礼します、お時間でございます」
障子の向こうから老婆の声が聞こえてきた。
「あ、はい!今行きます」
万が一にも寝坊しないよう、宿の家人に時間が来たら尋ねるようにお願いしていたのだった。
もう一度身なりを軽く整え、蛍は部屋を出る。用意されていた朝食を軽く頂くと、藤の紋が付いたその宿屋をあとにした。
冬空に太陽が昇り始め、空気は凛と澄んでいる。肺の奥までその空気を取り込むと、蛍は目的の方向へと走り始める。
鬼殺隊の最終戦別が行われる藤襲山へ。
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「凄い…」
むせかえる様な、咲き乱れる藤の花とその香りに思わず言葉が漏れてしまう。
藤襲山の麓を少し登ると、開けた場所が見えてくる。
そこには数十人の剣士たちが集まっていた。
(こんなにいるのね…)
「よく来ましたね、若き剣士の子たち」
艶やかで圧の効いた声が響き渡る。
声のした方を見ると、紫色の着物が周囲の藤の花と相まって、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
そして、その姿は蛍のよく知る顔でもあった。
(あまね様…!)
産屋敷あまね。産屋敷家97代目当主、耀哉の妻である。
「あなた達にはこの山で7日間、生き延びていただきます。ここより中腹までは安全ですが、そこから山頂までは現鬼殺隊が生け捕りにした鬼が多く存在しています」
表情を一切変える事なく、淡々と言葉を紡いでいく姿は強く、そして儚くも見える。