第7章 ※赴湯蹈火 【煉獄杏寿郎】2
杏寿郎の胸を押し、体を離す。下を向いて溜息をつき、「いろ葉」の顔を作ってゆっくり顔を上げる。たくさんのお客が喜ぶ自分の武器である、勝ち気な強い目で杏寿郎を見据える。これで帰ってくれと願いながら。
「・・・あやではなく、いろ葉に御用ならお相手します。他にも殿方を悦ばせる技は沢山存じてますので。」
杏寿郎の瞳があやの目を見て一瞬潤んだように見えた。ちくりと胸が痛んだが、あやが目を合わせたまま、二回ゆっくり瞬きをする間、時が止まる。
諦めたのか寂しそうに眉尻を下げ、杏寿郎が目を逸らした。
「・・・煉獄家の若様。まだ大門は開いております。もうお帰りください。」杏寿郎の前に座りなおし、杏寿郎の着物を整えていく。「あや」の顔はもう見せない。
帰り支度が整うと、部屋の襖をスッと開ける。物言いたげな顔の杏寿郎を流し目で一瞥し、背を向ける。
杏寿郎はしばらくあやの背中を見つめ、もう此方を向くことは無いだろうと思いながら声を掛ける。
「あや。俺は・・・君にまた会えて嬉しい。」
静かに部屋を後にする。
あやの心に杏寿郎の言葉がぐさりと刺さった。肩が震えてしまわない様に目をぎゅっと瞑り、唇を噛んだ。はやく遠くへ行ってくれと願いながら足音が遠ざかるのを待つ。廊下の角を曲がる足音を聞いてから、顔を掌で隠して声を上げて泣いた。堂々と彼の隣に立つことができない自分が惨めだった。