第6章 ※赴湯蹈火 【煉獄杏寿郎】1
いろ葉こと、あやは元々由緒正しい武家の娘だったが、11になる頃に父親が病気で亡くなり、心労で母も後を追う様に亡くなった。
遠い親戚と名乗る男が家に出入りするようになると、物が分かる年のあやは家を乗っ取るのに邪魔になったのだろう。あっという間に遊郭に売られてしまった。
最初こそ遊女に対して抵抗があったが、まだ幼かった弟を大切にするからというその男との約束のため、遊女でもせめて客が選べる花魁になってやろうと努力した。18歳でやっと花魁になった。
器量も良かったし、武家の出なので琴や三味線、舞踊などの芸事の基本は躾けられていた。
武士の娘として慎み深く、品のある佇まいなのに、床の中では客の腕の中で恥ずかしそうに乱れる姿がそそられると噂になった。余り笑わず媚びないのも新鮮だったようで、いろ葉を笑わせてみたいとすぐに良いお客が沢山ついた。
今の自分は大嫌いだが、それ以外の選択肢が無い。
・・・見世にいる遊女たちはみんなそうだ。
一週間後の夕刻
そろそろ来るかなと思っていた、宇髄天元から揚屋への呼び出しがあった。
帯は天元が仕立ててくれた物を締め、豪奢な打掛を羽織る。禿や新造、お付きの人達とゆっくりと外八文字を踏みながら茶屋までの道を進む。
いわゆる花魁道中で、こんな見世物になるのはうんざりで大嫌いだが、仕方が無い。
大勢の見物客の前を、堂々と正面を向いて歩く。
ふと沿道の人だかりの中に懐かしい何かが目の端に映った。
もう一度そちらの方をそっと見ると、・・・やはり。
まだ自分が武家の娘だった頃、近所に住んでよく遊んでいた金の髪、紅い目の男の子。もう立派な青年になっているが昔の面影がある。二つ年上だったから二十歳になっているはずだ。
・・・会いたくなかった、思い出したくなかった顔。大きくなったら夫婦になろうと言い合った、何の苦労もなかったあの頃。2人とも初めてだった口づけをしたのは遊郭に売られる少し前だったか・・一緒に遊ぶお互いの弟達に気づかれない様に数回。・・二人で頬を赤く染めて。
気づかぬ振りですれ違うが、大きな声で「あや!」と呼んでついて来る。・・・返事でもすると思っているのだろうか?今の私はもうその名の少女ではなくなったのに。
暫くすると人ごみにその声と姿は消え、ほっとしたが自分の心に鉛を飲み込んだような嫌な感じだけ残った。