第3章 燎原之火 【煉獄杏寿郎】1
紫天城の席に近付くと、彼女はこちらを見ていた。
目が合うと、声を出さずに口だけ動かし、「せんせい」と呼んでいる。
俺を呼ぶなんて珍しいなと思いながら机の横に立つと、
「人差し指出して」
と小さな声で言う。言われた通りに指を出すと、絆創膏をくるりと指先に巻かれた。そして、彼女の右手で俺の手の甲を支え、左手でそっと指を戻して俺の手を包み込む。それから俺の目をじっと見て、「だいじょうぶ?」と尋ねてくる。
指先の傷の事など忘れていたので、何が起きたかよくわからず、「あぁ」と答えると紫天城はパッと花が咲いた様に笑って俺の手を包んでいた両手を離し、自分のノートに向かった。
授業が終わり、職員室に戻ってからもう一度人差し指の絆創膏を見ると、小さい文字で
「きょうじゅろう🍠」と書いてあった。
職員室で仕事をしていると、指先の絆創膏が目に付き、何度も見てしまう。その度にさっきの出来事と笑顔を思い出して苦笑する。何度目かの時に、宇髄に後ろから覗き込まれ、声を掛けられる。
「煉獄・・・。そりゃぁ・・・まさか、紫天城からかよ?名前まで書いてもらっちゃって、かわいーな。」
「あぁ。・・宇髄・・まずいな・水だ。」
指を宇髄に見せながら笑う。
宇髄は少し真面目な顔で俺を見る。
「煉獄、俺は、悪い事とは思わねぇよ。たまたま教師と生徒として出会ったってだけだ。」
「・・そうだろうか。」
生徒と恋愛なんて、フェアじゃない。
教師にとっては背徳感が魅力の恋愛の一つかもしれないが、生徒はいきなり大人と付き合うことで、せっかくの尊くて短い青春を棒に振る。
高校生なんて子供と大人の間にいる子供だ。子供だからこそできる事がその時期にあるのに。
身近な男子にない、お金や車、仕事、セックス、そんな話題に自分も背伸びして大人になったような気持ちになる。
そもそも相手を知って好きになっているのかも疑わしい。
立場の違いをスパイスに、好きになっている様な幻想を持っているだけだ。・・・多分。
俺も・・・紫天城の事を何も知らない。
・・・のに、何だろう。あの子を見ると胸が騒ぐ・・この、・・切ないような、温かいような、身の置き場に困るような・・・でも決して嫌ではないこの気持ち。