第20章 ※炎虎 【煉獄杏寿郎】3
・・・実は、あやはほとんどそういう経験がない。
しかもそれは、何年も前に片手程の回数で、成り行きで付き合っていた好きかどうかも怪しい彼氏と、何だか良く分からないうちに終わってしまったという経験しかないのに、ヤクザとだ。
しかも杏寿郎は自分は上手いと言い切っている。・・・そんな人に自分の拙いセックスを披露するのは恥ずかしいし、純粋に怖い。
クスリを打たれたら大変と良い言い訳を考えついて、やっぱり睡眠薬だと思い、鞄に手を伸ばそうとしたら杏寿郎がバスルームから出て来てしまった。
杏寿郎はハーフアップの髪を下ろしてバスローブを着ている。
いつも前髪が立っているため額が全開で健康的な印象だったが、濡らすと降りてくるらしい。前髪が降りていると急に繊細な印象になり、色気が増して見えた。
あやの頬は自然と赤く染まる。バーでのほろ酔い気分はとうに抜けていた。
杏寿郎はタオルでガシガシと髪を拭きながらあやの隣にボスっと弾むように座る。すぐに嬉しそうな笑顔であやの頬に掌を当てると唇を何度も重ねてくる。時折、喉の辺りから顎先に向けてスゥっと掬うように舌を這わせる。耳朶やその裏、首筋にも舌を這わせ、唇で挟む。
あやが「ん」と鼻に抜ける声を出す度、目を細めながら視線を合わせてくる。イチゴゼリーのような甘く潤んだ瞳で。
いつもの杏寿郎の甘い香りが息を吸うたびに頭の奥に留まってどんどんあやの思考を溶かしていく。杏寿郎があやの肩に腕を回し、体を抱きしめて、少し体重を掛けた。そして溜息交じりに「あぁ、あやの良い香りがする。」と肩口に顔を埋める。
あやは杏寿郎の腰のあたりに手を回し、同じように肩口に頭を付けて「あなたもいい香り。」と目を閉じて胸いっぱいに吸い込む。
はらりと杏寿郎の肩から髪を拭いていたタオルが落ちる。目を開けたあやは杏寿郎の襟元に視線を移すと「あ」と小さく声を上げ、動きを止める。
杏寿郎もぴくっと動きを止める。眉間に少し皺を寄せて小さく溜息をつく。
そっと体を離しながら「見るか?」とあやの顔を覗き込んだ。
あやは杏寿郎の瞳を見つめて小さく頷く。